9人の女子選手、大学準硬式の未来のため 2人の大学生が実現させた価値ある始球式
中央大の優勝で幕が下りた第64回関東地区大学準硬式野球選手権大会(以下、関東選手権)。優勝を飾った中央大は、夏に開催される全日本大学準硬式野球選手権大会への出場資格を手にすることになったが、決勝戦では国士舘大と白熱した試合を展開した。そんな熱戦を前に、1人の選手がマウンドに登った。
後輩たちのために始球式をやりたい
日本社会事業大・國行 美羽
日本社会事業大の4年生で、現在は教員を目指して勉学に励む女子大学生であり、準硬式野球部の選手である。25日の決勝戦を前に、始球式ということでネッツ多摩昭島スタジアムのマウンドへ緊張した面持ちで立った。スタンド、両軍ベンチの選手が見つめる中で、見事なストライク投球で、球場からは拍手を受けた。
大役を成し遂げた國行さんは「今はホッとしています」と重圧から解放されたことに安堵した様子だったが、続けて「夢のようでしたが、一瞬だったので、記憶があまりないです」と満面の笑みで大役を振り返った。
今回の始球式。さかのぼれば1月末からプロジェクトは始まった。
関東地区に所属する各大学の主務を対象とした会議がオンライン上で開催。國行さんは、選手兼主務という立場で会議に出席した。そこで山田 善則理事長より「これからはダイバーシティが準硬式では大事になります」という話があり、その一環で女子選手の拡大が話題となり、國行さんは行動を起こすことになる。
國行さんが在学する日本社会事業大は、福祉系の学校ということもあり、学校そのものが女子生徒の方が多い傾向にある。ソフトボール部も活動をしているそうだが、「準硬式をやってみたい」と志す学生もいるとのことだ。
國行さんもそんな学生の1人で、高校までは軟式野球やKボール、ソフトボールなどをやっていたが、「大学では野球をやりたかった」ということでオリエンテーションを通じて、準硬式野球の存在を知って入部した。道具の違いなど、壁にぶつかることは多かったが、「先輩たちにやさしく教えてもらった」こともあり、継続することができた。
ただ、全員が國行さんのように、継続できるわけではなかった。
「女子選手だけではなく、障害のある選手も準硬式をやってみたい、と来てくれるんですが、マイノリティーの壁といいますか、そこに対して私たちが準備して対応することができずに入部しないこともあったんです。私はそれが悔しくて、『どうすれば入ってもらえるんだろう』と思っていた時に、山田理事長の話を聞いて、詳しくお話を聞く機会を作ってもらいました」
後輩のためにも女子選手をはじめ、いろんな選手を受け入れるべく、自ら行動を起こした國行さん。そんな國行さんの心強い味方として、二人三脚で協力してくれたのが、学生副委員長の堺澤 聡子さん(東洋大・4年)だった。
女子選手が準硬式でできることを伝えたい
始球式の模様
学生委員として準硬式の広報活動を中心に行っていた堺澤さんは、1月末の主務を対象とした会議が終わってまもなく、2月から発足された「女子準硬式野球準備委員会」のメンバーの1人として新たな役割を担うことになった。
「話を聞いた時は、女子選手を受け入れるチームや、実際にプレーしたい選手が出てくるイメージがあまり湧かずに不安の方が大きかった」と取り組みそのものに対して、どこか受け身になっていたという。
ただ、「現状を知れば、やる気が湧くかもしれない」ということで、現状把握も兼ねて女子選手がどれだけいるのか調べることから始めた。すると6人の女子選手が見つかり、堺澤さんは、1人1時間ほど連絡を取り合って、選手たちの抱えている思いなどをヒアリング。こうした地道な活動をしていくうちに、堺澤さんは次第にやる気が出てきたという。
「1人1人話をして意見を聞きましたが、こういった機会があることだけでもラッキーだなと思ったんです。
本当は野球をやりたくても、どうしても準硬式の認知がまだ低いので、プレーできる場所が見つけられずに諦める女子選手が多いんじゃないかと。だからこそ、もっと女子選手ができることを広げて、増やしたいと思うようになりました」
そんな堺澤さんのところに、國行さんが女子選手の勧誘に興味を持っていることを、山田理事長を経由して聞いた。
堺澤さんは、現状調査の一環で國行さんとコミュニケーションをとっていたので、関係性は以前よりも深くなっていた。やる気に満ちていた堺澤さんは「やるしかない」と、國行さんの思いに応えるべく、山田理事長を交えたミーティングの場をセッティングし、3人で会議を実施。そのなかで出てきたのが、関東選手権決勝戦での始球式だったのだ。
準硬式野球の未来へ繋がる1球
始球式の模様
「ここまで大きくなるとは思わなかった」と國行さんも驚きはあったものの、「後輩たちのためにやろう」と始球式の大役を快諾した。
大会運営側の堺澤さんは、國行さんを支えるために「盛り上がるようにしたい」と思い、前より縁のあったACE株式会社へ「実況できる方はいらっしゃいませんか」と相談。すると、女子野球の仕事も経験したことのあり、スタジアムDJもできる青山学院大準硬式野球のOB・下村泰司さんを見つけてオファー。下村さんも協力し、準備は進んだ。
始球式直前まで打ち合わせを行い、ギリギリのスケジュールとなったが、「現場から出てきた声を形にするのが私たちの役割です」と堺澤さんは投げ出すことなく、最後まで丁寧に仕事をやり遂げた。
その頑張りに、國行さんはストライク投球で応え、始球式は大成功で幕を下ろした。
大学準硬式でプレーした3年、國行さんは他校との試合をすれば、「何か言われているな」という話が聞こえてきて、そのたびに「嫌だな」と思うこともあったという。それでも「負けたら終わりでしたし、そんなことでやめるのは悔しい」と最後まで気持ちを切らすことなくやり切った。
そんな國行さんが投じた1球は、女子選手が増えるために投じた未来への1球だ。
「準硬式は学生主体で、野球好きな大学生が集まっているので、女子選手も是非やってほしいです」(國行さん)
裏方として國行さんを支えた堺澤さんも、その思いは同じだ。
「一から携わったことで達成感はあるんですけど、國行さんに対して選手たちがエールを送っている姿や、球場の一体感を見て『これから準硬式として女子選手を受け入れられそうだな』って前向きな気持ちになれました」
2人の大学生が中心となって動き出した今回のプロジェクトは、ただの始球式ではなく、価値ある未来への大きな1歩だ。現在は9人の女子選手がいるが、近い将来、準硬式野球で活躍する女子選手が増えることを強く願いたい。
(文:田中 裕毅)