北海道日本ハム・斎藤 佑樹早稲田実業出身)の今シーズン限りの現役引退が明らかとなった。2006年夏の甲子園優勝投手となり、その人気ぶりに社会現象を起こした人気投手は選手人生にピリオドを打つことになった。そんな齋藤は06年夏の甲子園で、現在の球数制限では絶対に起こり得ない偉業を成し遂げていた。

「1週間500球」
 球数制限が設けられ、実質的に大会1人で投げ抜くことが不可能な時代となった。そんな中、06年夏、早稲田実業が甲子園で戦った69イニングのアウトをすべて取ったのが斎藤 佑樹だった。
 2年秋は都大会を勝ち抜き、優勝。自身初の甲子園出場となった3年センバツではベスト8入り。今のままでは全国に勝てないと決断した斎藤投手はフォーム変更を決断する。

 早稲田大野球部の方に動作解析をしてもらい、その中で斎藤投手が良いと思ったフォームが「軸足の膝を深く折り曲げるフォーム」だった。
 重心のかけ方、蹴り上げの意識を変えてみたところ。自然に腕がすごく振れる形となり、最速149キロまで伸びて、斎藤投手が入学時に描いていた145キロを達成することができた。

 その斎藤投手がさらに凄さがましたのは3年夏の甲子園だ。
 全7試合に先発し6完投、69回948球、全アウトを一人で奪い78奪三振は歴代2位の記録。
 決勝戦では田中 将大(東北楽天)と熱い投げあいを演じ、再試合を投げぬき、見事に甲子園優勝をもたらした。

その後、早稲田大に進学し、通算31勝。323奪三振。NPBでは15勝に終わったが、改めて記憶に残るヒーローだった。第2の人生でも活躍を期待したい。