五十嵐亮太が最終登板 今季引退の石原慶幸に続き1997年ドラフト入団組最後の男もユニフォームを脱ぐ
石原慶幸(東北福祉大-広島東洋)
10月25日、五十嵐 亮太(ヤクルト)が、[stadium]神宮球場[/stadium]で行われた中日戦で現役最後の登板を行った。
マイナーリーグでチームメートでもあったシエラをストレートで三ゴロに仕留め、有終の美を飾っている。これで五十嵐は1990年代、2000年代、2010年代、2020年代と異なる4つの年代で出場した選手にもなった。これは史上5人目となる。
そんな五十嵐は1997年ドラフト2位で指名され、敬愛学園高からヤクルトへと入団した。五十嵐の引退により、このドラフトでプロ入りを果たした選手は全員がNPBの現役選手としてはユニフォームを脱ぐこととなった。
この年のドラフト会議では各球団最大2名までの逆指名制度が導入されていた。その逆指名では川上 憲伸(明治大→中日)、高橋 由伸(慶応大→巨人)といった後に球界を代表する選手が入団を果たしている。
逆指名を用いない1位入札で人気となったのは、オリックス、近鉄、横浜(現DeNA)、ヤクルトの4球団が競合した平安高の川口 知哉だった。この川口はオリックスの仰木彬監督が当たりくじを引いている。その他の指名選手を見ると、五十嵐と同じ高卒組では井川 慶(水戸商→阪神2位)、大卒組では井端 弘和(亜細亜大→中日5位)がプロ入り後に大きな成果を残した。球界に名を残した選手も多数いたが、五十嵐以外は昨シーズンまでにNPBのユニフォームを脱いでいる。
今シーズン、NPBで五十嵐より年長者は福留 孝介(阪神/日本生命→1998年中日逆指名)と山井 大介(河合楽器→2001年中日6巡)のふたりだが、いずれもプロ入りは五十嵐よりも遅い。
また、五十嵐と同学年にあたる1979年生まれ世代(1979年4月2日〜1980年4月1日生)は今シーズン五十嵐を含め5人がNPBでプレーしていた。
同学年の石原 慶幸(東北福祉大→2001年広島4巡)、能見 篤史(大阪ガス→2004年阪神自由獲得枠)、石川 雅規(2001年ヤクルト自由獲得枠)、細川 亨(青森大→2001年西武自由獲得枠)と彼らもまた、五十嵐よりも後の入団だ。
来シーズンは、松坂 大輔(横浜高→1998年西武1巡)や福留の指名された1998年ドラフト組の現役年数が最長となる。1990年代にプレーしたことのある選手は残り少ない。
(記事:勝田聡)
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