渡邉諒と二遊間を組んだ新海亮人は23歳で高校監督に!2012年夏ベスト4の東海大甲府ナインのその後は?

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2020.05.25

2013年U-18日本代表にも選出された渡邉 諒(現北海道日本ハム)

 選抜大会、選手権大会の開催が中止となり、高校球児だけでなく、高校野球ファンものショックは大きかったのではないか。そこで、これまで甲子園を盛り上げたチームの選手のその後を紹介していきたい。

 今回は2012年夏ベスト4の東海大甲府ナインの主力選手のその後を紹介したい。

投手 神原 友 3年(東海大-三菱自動車岡崎)
投手 本多 将吾 3年(東海大-千曲川硬式野球クラブ)

捕手 石井 信次郎 3年(東海大-七十七銀行)
捕手 石渡 大成 3年(国際武道大-千曲川硬式野球クラブ)

内野手 秋谷 俊作 3年(東京国際大)
内野手 新海 亮人 3年(横浜金港クラブ)現高山西監督
内野手 相原 洸介 3年(東海大)
内野手 渡邉 諒 2年(北海道日本ハム)

外野手 山本 瞬 2年(東海大)
外野手 斎藤 景介 3年(東海大-横浜金港クラブ)
外野手 浅野 翔太 3年(神奈川工科大)

 北海道日本ハムに1位指名を受けた渡邉 諒は1年春からベンチ入りを果たす。2年生で出場した2012年の夏の甲子園2回戦龍谷大平安戦では本塁打を放った。3年時は主将を務め、甲子園出場はならなかったが、U-18日本代表を経験した。
 昨シーズンはキャリアハイの132試合に出場。初めて規定打席にも到達し、58打点11本塁打、打率.262の好成績を残した。

 2年生渡邉 諒と二遊間を組んだ新海 亮人は東海大に進学するも硬式野球部に所属せず、横浜金港クラブに入団。5年間プレーし4年目からは主将も務めた。2015年に野球部を創設した岐阜の高山西から監督就任の打診を受け、23歳で監督に就任。県内最年少監督として、強豪多き岐阜の高校野球で指導者の道を歩み始めた。

 エース・神原 友は夏の甲子園後U-18日本代表に選出された。プロ志望届を提出するも指名漏れとなり東海大に進学し、主にリリーフ投手を務めた。大学時代は3年時春に全日本大学野球選手権、3年時秋に明治神宮大会に出場。大学でも全国の舞台を経験した。大学卒業後は三菱自動車岡崎に進み、今年で4年目を迎え、救援投手として日本選手権は2度、都市対抗は1度経験している。

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