第167回 九州共立大 大瀬良 大地 投手 「大進化をもたらした大学4年間」2013年12月10日

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【目次】
[1]成長できる環境だった九州共立大
[2]カットボール習得への道/侍JAPANでの経験
[3]最上級生としての苦悩
[4]将来は球界を代表する投手へ

 九州共立大・大瀬良 大地投手は間違いなく、今年の大学№1投手である。福岡六大学野球ではリーグ通算38勝。大学日本代表だけでなく、今年11月には侍JAPANの一員として選出された。3球団の抽選で交渉権を獲得した広島東洋カープでプロ生活をスタートする。大学4年間で学んだことは何だったのか?150キロ台の直球を生み出したのは何なのか?カットボールを覚えたきっかけは?大瀬良投手に直撃した。

成長できる環境だった九州共立大


――九州共立大学を選んだ理由は?

大瀬良 大地投手(以下「大瀬良」) 高校(長崎日大)時代に練習試合を何度かさせてもらいました。他の大学からも誘いは受けていました。グラウンド、練習環境をよく分かっていた部分が共立だったし、仲里(清)監督が新垣さん(渚投手、現ソフトバンク)や馬原さん(孝浩投手、現オリックス)のようなすごい投手をプロに輩出していたのが大きな理由です。監督の教えを聞いてプロに行きたいという希望もありました。

――1年春のデビューから大活躍でしたね。

大瀬良 春は5勝(0敗)しました。でも高校の時より、しんどい投球でした。変化球で全然カウントを取れない試合もありました。本当にみんなの支えがあって5勝できた感じでした。防御率のタイトルも獲ったので成績だけを見ればいいかもしれないですが、勝ったから「行ける!」という感覚はありませんでした。

――球速を高めるためにやったことは?

大瀬良 高校時代まで体が細かったですね。体をしっかりつくれば球速は出ると思っていました。一番細かったころは68キロしかありませんでした。今は90キロぐらいあります。大学1年のときに80キロまで増えました。ずっと食事を多く食べていましたが、なかなか太れませんでした。だから時間があるときは、ずっと何かを食べていましたね。並行してトレーニングするにつれて自然と体が大きくなりました。走り込みなどで体のキレを失わないように気をつけました。食べる量も多かったし、トレーニングも人の何倍もしていました。だから、体も強くなったと思っています。同時に150キロぐらいのスピードもついてきました。

――「行ける」と思っていなかったということは、球速以外で悩む時期があったのですか?

大瀬良 そうですね。スライダーは(高3夏に出場した)甲子園では使えると思っていました。大学入学後は力みがあって思ったように投げられない時期がありました。「もっと速い球を投げたい」という想いも影響していたのかもしれません。コントロールも定まらない。このまま悪い方に行ってしまうんじゃないかなという不安がありました。1年春の後ぐらいから、徐々に考え方、技術を改めないといけないと思いました。

――改めた部分とは具体的に何でしたか?

大瀬良 1年のときは「速い球を投げればいいや」という感覚がまだありました。1年冬以降に7、8割の力加減でキレのいい球を投げたいというように切り替えました。思い切り投げれば150キロを超える球を投げられるのは分かったので、スピードを追い求めずに140キロ台前半の質のいい球を投げることを心がけるようになりました。そのときから体幹トレーニングにも取り組むようになりました。

――体幹トレーニングではどんなことをしましたか?

大瀬良 基本的なものが多かったです。肘で体を支えて同じ姿勢をキープするもの、バランスを取るものなどでした。2年生になると、ピラティスも採り入れました。仲里監督から「ピラティスというものがあるんだけど、試してみるか?」と言われたのが最初でした。僕は「自分にプラスになることは何でもやりたい」という性格なので挑戦しました。大学近くに教室があって、祖父母世代や年配の方々と一緒にやっていました。それを週に2回通っていました。あと週1回はヨガにも通いました。合わせて週3回ですね。体質も変わって野球をする上で、かなりプラスになりました。

――ウエートトレーニングはどうですか?

大瀬良 2年生の頃まではやっていましたが、ガツガツする方ではなかったです。本格的に始めたのは3年生から。トレーナーさんにメニューを組んでもらってやっていました。

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プロフィール

大瀬良大地(おおせら・だいち)
大瀬良大地(おおせら・だいち)
  • 経歴:長崎日大-九州共立大
  • ポジション:投手
  • タイプ:右投右打
  • 身長体重:187センチ/90キロ
  • 出身地:長崎県大村市
  • 生年月日:1991年6月17日
  • 小2から中2まで鹿児島県内で過ごした後、大村市に戻る。長崎日大に進学後、2年秋からエース。3年夏の長崎大会では今村(現広島)率いる清峰などを破って甲子園出場。花巻東・菊池(現西武)との投げ合いに敗れて1回戦で去る。九州共立大進学後、1年春から登板。いきなり5勝の活躍を見せる。福岡六大学野球リーグ通算で38勝8敗。防御率1.07。2013年ドラフト1位で広島に入団が決定。大学2年時に大学日本代表。今年11月、侍ジャパンの一員として台湾との国際強化試合にも登板した。
  • 読書のすすめ 第20回 【選手の本棚】 九州共立大 大瀬良大地 投手
  • 上記データは掲載時のものとなります。
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