第160回 明徳義塾高等学校 岸 潤一郎 選手2013年09月30日

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【目次】
[1]明徳義塾で野球の内容や質を学び「デビュー戦」へ
[2]「スピンのかかった」ストレートの秘密と「サイド転向」で得られたもの
[3]「勝てる投手」になるため、全てのプロセスを考える
[4]悔やまれる甲子園準々決勝のピッチング
[5]目指したい野球選手像とは?


 昨夏甲子園。岸 潤一郎は名門・明徳義塾(高知)の中心に位置していた。打っては175センチ70キロ(当時)と高校生では平均体格にもかかわらず「4番・右翼手」で先発し、馬淵史郎監督が「(ダスティン・ルイス・)ペドロイヤ<MLBボストン・レッドソックス>のよう」と称するフルスイング。また、酒田南(山形)との3回戦2012年08月15日)では4回一死からマウンドへ。福永 智之(現:横浜商科大1年)と完封リレーを完成させた。

 迎えた大阪桐蔭(大阪)との準決勝2012年08月22日)では6回二死から登板も福永が残した走者を返され、悔し涙を呑んだ岸。が、喫した安打はその1本のみ。大会防御率は計8イニングで圧巻の0.00。10年ぶりにベスト4へと進んだチーム内にあって、彼は正に「スーパー1年生」的活躍を全国に示したのである。

 あれから1年と少し。2年夏の甲子園ベスト8を経て、岸はエースで4番、そして「ドラフト候補」の看板を背負い最終学年を迎えている。今、彼の胸にあるものとは何か。高校レベルを超越している卓越した野球理論も含め、大いに語ってもらいました!

明徳義塾で野球の内容や質を学び「デビュー戦」へ

中央を切りながらストレートを投じる岸潤一郎(明徳義塾2年)

――岸投手といえば馬淵史郎監督がよく話す「スピンが利いたストレート」が有名です。このようなボールを投げられるようになった要因は?

岸潤一郎選手(以下「岸」) 小学校時代に捕手を経験したのが大きいですね。後ろを小さく投げる習慣はそのころ、自分でやって身につきました。ボールも捕手はまっすぐ手首でスピンを利かせて投げないといけないので。

――そこに明徳義塾での経験が加わった。

 そうです。明徳義塾はバックの守備がいいので、内野ゴロ打たせて取る意識が身に付きました。入学後は量もそうですが、内容や質の面でも勉強する部分が多いです。

――具体的には?

 入学後の僕は投手練習をしながら内野ノックや、これまで経験してなかった外野でのノックも受けていたんですが、その時も1球ずつボールの追い方、捕り方、走り方などを教えてもらったんです。

 内野手であれば、打球への回り込み方や送球を今里征馬さん(現:拓殖大1年)投手としてもキャッチャーの杉原 賢吾さん(現;拓殖大1年)から様々なことを教えてもらいました。

――公式戦デビューは1年生の5月の春季四国大会1回戦の川島戦。代打での登場で安打でした。

 『代打での登場もある』と言われていたので、バットは振っていたんです。そうしたら出番が来て・・・緊張しているとか、緊張していないとかでなく、『勝手に入っている』感覚です。

――でも、そこからはトントン拍子にいきましたね。準決勝・丸亀2012年05月05日)はリリーフで6回自責点0。6月の特別招待野球・大阪桐蔭2012年06月17日)でも藤浪 晋太郎投手(現:阪神)から4番として先制2点二塁打。

 流れに乗っているだけ。体が勝手に動いてくれていました。今振り返れば何も考えていなかったです(笑)。

――ところが、夏の高知大会では3回戦・準々決勝を体調不良で欠場。

 精神的にはさほどではなかったですが、肉体的な疲れは知らず知らずあったんだと思います。でも、自分は4番や5番を打たせてもらっているのに結果を出せなかった。甲子園出場を決めたときも先輩は喜んでいましたけど、僕は喜べませんでした。

――それが1年夏での甲子園での活躍につながった。

 甲子園で借りを返さないといけないという気持ちはありましたね。

第10回 BFA 18Uアジア選手権

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プロフィール

岸 潤一郎(きし・じゅんいちろう)
岸 潤一郎(きし・じゅんいちろう)
  • 所属:明徳義塾高校
  • 学年:2年
  • ポジション:投手(他に一塁手・右翼手)
  • タイプ:右投右打
  • 身長体重:175センチ/72キロ
  • 1996年12月8日生まれ(いて座)。兵庫県尼崎市出身。4歳から小学校3年までは空手・少林拳に親しむ。3年生時、神戸村野工(兵庫)で捕手経験を持つ父・和也さん(現:同チーム監督)の影響で「野球をしたい」と申し出て成徳イーグルスに入団。主に捕手を務めた。小学校6年生で金楽寺少年野球クラブへ。ここでは三塁手・投手として「NPB12球団ジュニアトーナメント・バファローズジュニア」にも選出されている。
    尼崎中央中では西淀ボーイズに所属。東日本大震災の影響により全国大会出場こそ叶わなかったが、3年夏には野茂英雄(元近鉄→MLBロサンゼルス・ドジャーズなど投手)氏が総監督を務める「NOMO JAPAN」の一員としてアメリカ遠征を経験している。
    明徳義塾では1年生5月の春季四国大会で公式戦デビュー。甲子園でもチームのベスト4進出に大きく貢献し、今夏甲子園でもエースナンバーを背負いベスト8進出。最速145キロの終速との差が極端に少ないストレートと、切れ味抜群のスライダー・チェンジアップが持ち味。高校通算本塁打は6本だが、ラインドライブがかかった鋭いスイングも魅力。
  • 上記データは掲載時のものとなります。
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