Interview

アディダス ジャパン株式会社 渡邊 潤 さん

2012.08.06

第107回 アディダス ジャパン株式会社 渡邊 潤 さん2012年08月08日

 アディダス ジャパン株式会社のスポーツパフォーマンス事業本部の渡邊潤氏に今回は、「adizero FIX METAL」の開発秘話をお伺いしました。

『軽くて素足感覚』のスパイク誕生の背景

”スパイク誕生の背景を語る渡邊さん”

――2005年度にアディダス ジャパン入社し、現在は商品開発を行うスポーツパフォーマンス事業本部に所属されている渡邊潤さん。高校時代は、兵庫県の西宮東高校野球部でプレーされていたのですね。

「渡邊潤氏」(以下、「渡邊」)  強豪校ではなかったのですが、当時は「勝ちたい!」という思いを持って練習していました。最後の夏の試合も鮮明に覚えていますね。初戦で先発して6回まで投げたのですが途中降板。2対6で負けてしまいました。悔いはありましたけど、良い環境でやれたと思います。

――いま、ベースボールスパイクの中でも、選手から『こんなに軽いスパイクはなかった』『軽くてフィット感がある』と言われているadizero FIX METAL。こちらの商品の開発に携わられた渡邊さんですが、高校時代にFIX METALがあれば、もちろん履いてプレーされていましたか?

「渡邊」 このスパイクであれば間違いなく履いていましたね!我々がこの商品を作るきっかけになったのも、学生時代の当時(10年以上前)は革底スパイクが主流だったんですが、やはり年々、野球をしている子供たちの体型や練習内容が変わってきているんですよね。そういう状況であれば、当然スパイクも変わらなくてはいけない。その考えを追求していく中で生まれたのが、adizero FIX METALでした、

 adizero FIX METALには、プレイヤーとしての経験を元に、様々な特徴を盛り込みました。手に持てばすぐにわかる圧倒的な軽さ、履いていても快適な素材の柔らかさ、履いていることを感じないぐらいのまさに素足感覚のフィット感。また、疲れにくく、軽さで足が速くなる、雨に濡れても重くならない、素材が消耗しないなど、球児の目線に立って、徹底的に機能を盛り込み、野球界の常識を打ち砕くようなスパイクを目指しました。

――軽さを追求しながら、耐久性を強めるなど、球児のメリットを考えながら開発されている中で、最も苦労した点はどこでしょうか?

「渡邊」 スパイクを作る過程で、軽量性と耐久性は反比例していて、やはり軽い素材ほど消耗が激しくなってしまったり、フィット感や屈曲性が損なわれたりする傾向があるんです。軽くしようと思ったら当然素材を薄くしたり、固くしたりするんです。でも、素材を固いものにすると曲がらなくなる。そんな中、柔らかくて、曲がるようにするにはどうすればいいか。そのバランスを取るのが非常に難しくかったですね。

――そんな中で、片足278gグラムまでの軽さにまで落とし、さらにフィット感のある柔らかい素材のスパイクを完成されました。どうやって、そこまでの商品を作り上げることが出来たのでしょうか?

「渡邊」  まず取り組んだのは、『マイクロフィットラスト』といって踵(かかと)が丸く包み込まれる機能を採用したこと。これはadidasにしかない機能で、これによってスパイクの中での足のブレがほとんど抑えられ、フィット感が高まり、足とスパイクに一体感が生まれます。
 次に屈曲性にこだわったのですが、悪いスパイクというのは真ん中で折れるんですよね。真ん中で折れると、本来の足の曲がる位置とは違うため、足に大きな負担がかかり、また力をロスします。そうならないためにも、アウトソールに楔状に3本のラインを入れて、ちょうど足の構造と同じ位置(母指球)で曲がるようにしています。そうすることにより、足への負担を軽減し、パワーをロスなく伝えるような構造にしております。この構造を軽量性を保ったまま実現することに、最も苦労しましたね。

――真ん中で曲がるのではなく、母指球の位置で曲がるということで、走塁時でも速さを感じることは出来るのでしょうか?

「渡邊」  我々が、強くこだわったのは靴底が『足の形状に合わせた曲線で曲がる』ということ。そうやって、軽量性に優れたスパイクが、足の構造と同じ曲がり方をすることで、重さを感じず、パワーロス無く走れるため、走塁時に速さを感じやすくなったと思います。
 スパイクで最も評価される点の一つは、実は「蹴り出し」なんですよね。この時に靴の構造が緩く曲がるかどうかで、良く蹴れるかどうかが判断されます。良く蹴れれば、足が速くなったと感じます。
 FIX METALは、緩い曲線で曲がり、さらにマイクロフィットラストを搭載したことで、母指球から蹴り出せるスパイクに完成しました。
 また、拇指球に負担がかからないためにも、ゆるい曲線で負担が分散することで、履いていても疲れない。それが大きな特徴ですね。

――お話しを伺っていると、ものすごく緻密に計算して作られているなという印象を受けますね。

「渡邊」  実は、ものすごく深く計算をしています。(笑)例えば、靴の裏にある突起にしても、普通のスパイクには無いんです。もしこの突起がなかったら、履いているうちに足が痛くなってしまいます。足の構造は、実は、薬指と小指の2本の指に3本の骨が乗っている形をしています。その2本の指が踵の骨とつながっているんです。だから人間の足は、踏み込む時は、前の3本の骨で推進しているんです。その時に体重を乗せて前へ進む位置に突起を付けています。そうすることで、足にストレスはかからないけど、パワーを引き出す。
 軽い靴にすれば、パワーを出せますが、安定性がない。そこでどう安定性をつけるか。その上で、足の骨格の構造との動きを計算して、どういう金具の配置にするのかを一箇所一箇所考え抜いていきました。一度履いてもらえれば、他のスパイクと全然違うことが分かっていただけると思います。それくらい細かく計算をして、約2年かけて完成させました。

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[page_break: adidasのモノ作りの理念]

adidasのモノ作りの理念

”スポーツの現場にいって、モノをつくる”

――今回のお話しを伺っていても、競技者のためにモノづくりをするという視点をすごく感じました。

「渡邊」 そうですね。創始者のアディダスラーが『すべてはアスリートのために』という考えのもと、全ては現場から発想し、モノをつくるという理念を提唱しています。球児の視点で仮説を立てて製品を作り、実際に履いてもらい、その意見を元に修正を重ねていく、そういった作業を繰り返してモノ作りを行なっています。

――実際にFIX METALを履いたプロ野球選手たちからはどのような言葉が出てきたのでしょうか?

「渡邊」 『通常のスパイクは『軽いね!』『グリップ力がいいね!』とか一つの特徴を言っていただくんですが、実はスパイクの最高の評価は「一つの特徴に限定されないこと」なんです。スパイクを渡して『言葉にできないけど、なんとなくいいよねー』と言われるのが最高の評価。
 プロ野球選手は、年間で144試合を戦いますから、求めているのは『疲れなくて、故障しないスパイク』なんですよね。故障しない靴の前提は、当然フィット感があり、軽くて、グリップが良くて、耐久性も強く、雨にも強くて、疲れない靴。そういった意味で、一部分だけを褒められるよりも、この靴なんかいいよねと言われるのは、すべてを網羅できていて満足いただいている意味でもあるんです。

――開発に携わった渡邊さんとしては、adizero FIX METALを履いた選手たちにゲームでは、どのような活躍をしてほしいと思われますか?

「渡邊」 プロの野手であれば、スパイクなので盗塁王を取ってくれたら嬉しいですし、投手であったら疲れにくいスパイクを作っているので、完投数が上がってくれたら嬉しいですね。完投数が多いと勝利数も伸びていきますから、最多勝につながりますね。野手であったらゴールデングラブ。走る動きだけではなくて、守備の横の動きにも強いスパイクなので、タイトルも取ってほしいですね。
 また、スパイクって一日で長時間使うわけですよね。その中で、どうパフォーマンスを落とさずにプレーできるか。9回二死でランナーとして出た時に足が疲れて、盗塁のサインが『出ないでくれ!』と思うのと、出た時に『走ってやる!』と思えるのと、これはスパイクの差によって大きく違ってくると思います。そんな時に、「走ってやる!」と思えるような疲れない靴を作るように僕たちは心掛けてきました。

――渡邊さんやそしてアディダスの皆さんは今後も新たな商品を開発されていくと思うのですが、現場目線で、どんなことにこだわって商品作りをされていきたいと考えられていますか?

「渡邊」 ここ10~20年ほどで、スポーツアイテムはだいぶ進化していると思いますし、練習内容も変わっていますし、食べている物、教育内容も違います。野球人の体つきも今と昔では全然違いますし、そういう人たちを現場で見て、どういうアイテムが望まれているのか、どういうものを作ればベストパフォーマンスを発揮されるのかを見定めて、開発に活かしていきたいと思います。

――では、最後に開発者の一人として、渡邊さんが大事にしている言葉を教えてください。

「渡邊」 僕も高校・大学時代と野球をやってきましたが、野球をしている多くの方に対して、僕たちはモノを作って、使ってもらう側なので、“すべてをかけて”皆様のパフォーマンスを高められる商品を作っていきたいです。

 実際に使うプレーヤーの思いを反映させたモノ作りを細かな計算の中で作られていくアディダスジャパン。スポーツパフォーマンス事業本部の渡邊潤さん、貴重なお話しをありがとうございました。

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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