第89回 専修大学松戸高等学校 上沢直之選手2012年02月06日

 2011年10月27日。千葉県の専大松戸高校から、高卒として初めて『プロ野球選手』が誕生した。
 187センチの大型右腕・上沢 直之 投手。

 戦国・千葉で、高校3年間、一度も頂点に立つことは出来なかったものの、長身から投げ込む真っ直ぐを武器に、2年の夏と秋は2季連続で県ベスト4。3年の春は県準優勝にチームを導く活躍をみせた。
 小学生の頃は「サッカー少年だった」という上沢は、中学から軟式野球を始めた。そんな上沢を本物の“投手”として育て上げたのが、名将・持丸修一監督である。

目次

【目次】
[1]「3年後、お前はプロに行ける」
[2]やらされてる練習から、自分からやる練習へ
[3]最後の夏の借りをプロで返したい


特集 シーズンインまで突っ走れ

「3年後、お前はプロに行ける」

"自分の意識改革が大きかったですね。"

――高校入学当時は、持丸監督からはどのような言葉をかけられていたのですか?

上沢選手(以下「上沢」)  入った時から監督からはもう「お前はプロに行ける」って言われていました。自分では、そんなプロになれるような選手じゃないと思っていたので、最初は疑心暗鬼(ぎしんあんき)だったんですけど。だけど、この3年間は、その言葉を信じて一生懸命練習していましたね。

――最初は、プロ野球選手に本当になれるかどうか、自分でも疑問だったという中で、なぜここまで成長できたと思いますか?

「上沢」  やっぱり、自分の意識改革が大きかったですね。1年の春と秋にも試合で投げさせてもらっていましたが、2年春の大会中にケガをして、そのあと監督さんから、「そんなにケガするんだったら、もう投げさせない」って言われたんです。ピッチャーを続けたかったので、すごく辛かったですね。それで、もともと、肩の筋肉が柔らかかったので、筋トレをするようにして、そこからケガがなくなりました。[参考:2010年春季千葉県大会

そのあと、2年の秋から3年の春にかけて、「本当にプロに行ってやるんだ」って、自分でも驚くくらいに、強い意識を持って練習ができたんです。毎回、ランニングでも一番前を走って、常に1位で帰ってくるようにしました。