第10回 ニュースウォッチ9・キャスター 大越健介さん(NHK記者)2013年07月11日

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 現在、NHKの『ニュースウォッチ9』のキャスターを務める大越健介さん(NHK記者)。平日21時台の番組で、テレビの中で、大越キャスターが話している姿を見たことがある人も多いのではないでしょうか。
 実は、大越さんは元高校球児。新潟高を卒業したのち、東京大学に入学。東大野球部では、投手として活躍し、同校史上初の日米大学野球選手権の代表メンバーに選出されました。
 大学卒業後は、企業チームで硬式野球を続ける道もありましたが、故障もあり、自らグラブを置きました。その後、NHKに入局し、政治部記者を経て、ニュースキャスターとして活躍している大越さん。今回は、そんな大越さんに、野球の経験が今の仕事や取材活動に生きている場面や、高校生へのメッセージをお伺いしました。

【目次】
[1]近いようで遠かった甲子園
[2]打撃投手で磨かれた投手の感性
[3]投手も記者も、1対1の真剣勝負
[4]記者で大事なのは常に謙虚で、想像力を働かせること
[5]高校球児へメッセージ

近いようで遠かった甲子園

――大越さんは新潟高校3年春に県大会準優勝を経験されました。高校時代はずっと投手だったのでしょうか?

大越健介さん(以下「大越」) 僕が2年生の時は捕手をやっていたのですが、僕らの代は投手がいなかったので、それで本格的に投手に転向しました。春に準優勝した時も、2日間で3試合投げました。そのうちの1試合が、延長引き分けで再試合になった。今、考えれば、よく18イニング投げたあとにも、翌日連投できたなと思いますね。

――3年生最後の夏の思い出をおしえてください。

大越 春に準優勝していたので、甲子園に行ける可能性もあるとは思っていました。でも、そう簡単なものではないとは分かっていました。
 一番記憶に残っているのは、準々決勝の長岡戦。新潟長岡は元旧制中学のライバル同士で、地元では非常に盛り上がるカードなんです。その試合は長岡市の球場で行われたので、僕たちは完全にアウェー。バスに乗っている時から緊張感がありましたね。 

 球場に到着したら、熱狂的な長岡ファンがたくさん球場に集まっていました。実は、2年生の秋に準々決勝で対戦していて、僕たちが負けたんです。春の準決勝でも対戦して、この時は僕たちが勝っていた。だから、なおさら、宿敵同士の対戦だったんですよね。

――それは、注目が集まるカードでしたね。長岡との試合の行方は?

大越 僕らは守りのチーム。一方で長岡は打撃のチームでした。夏に対戦して、改めて秋から春、そして夏と、相手の身体が大きくなっているのが分かりました。
 試合は堰を切ったように打たれ始めて、2対12で5回コールド負け。試合中のことは、途中からほとんど覚えていないですし、負けて終わって自分たちの限界、弱さ、そして甲子園の遠さを改めて感じました。当時は近いと思ってやっていましたが、やっぱり遠かったなと。

【次のページ】 打撃投手で磨かれた投手の感性

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プロフィール

大越健介(おおこし・けんすけ)
大越健介(おおこし・けんすけ)
  • NHK記者  ニュースウォッチ9・キャスター
  • 1961年8月25日生まれ
  • 新潟県出身
  • 新潟高時代は3年春に準優勝、夏ベスト8を経験。東京大学入学後はエースとして活躍し、8勝27敗。8勝は東大5位タイの成績を収めた。東大初の日本代表に選出され、日米大学野球選手権で登板している。1985年にNHK入局。
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