第20回漫画家 寺嶋裕二先生2008年09月23日


今回の独占インタビューは週刊少年マガジン連載「ダイヤのA」の作者:寺嶋裕二先生です。

高校時代の事、進学の事から漫画の事と幅広くお話を伺いました。
ファンの方はもちろん、皆さん必見です!!!またインタビューの最後にプレゼント企画あり!!


高校時代の寺嶋先生はどんなプレイヤーだったのですか?

寺嶋先生(以下「寺」) 左利きだったので、高校2年の時まではファーストでしたが、3年からは外野手でセンターやライトを守って、5番を打っていましたね。練習試合とかでは投手もやってました。

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高校3年間で印象に残っているエピソードは??

【取材こぼれ話】
野球部の成績は、高1の時の3年生が春の大会で準優勝したのが一番良かったですね。高2年の時が夏ベスト4で、高3は2回戦で負けましたね。僕らの時は尽誠が強かった!

寺嶋 まだどちらかというと根性出せっ!という時代だったので、他校で試合して負けた後など、監督から見て試合に集中していない奴は2試合目、出なくて良いから走って帰れと。気合が入っていなかったら、とにかく走れと言われていました(笑)。走らされていましたね〜。

一回、無制限で走れと全部員が言われたことがありました。ただ、もう駄目だと思ったところで列から抜けていっていいと言われ… 抜けたら抜けたで何が待っているのか(苦笑)。

今となっては、なんで抜けたのかと思いますが、3年生が1人、2人と抜けたんですよ。僕は当時1年生で、3年生が抜けるまで抜けられないなと思っていて、3年生が抜けたので、自分も抜けたんですよ。1年のくせに。

そしたら、その後は誰も抜けない!そしてそのまま、「良し終わり!」っとなり、ポツンと…

ほとんどの人は完走しているのに、僕は、無理、無理、無理って抜けちゃったんですよね。

――実際何時間ぐらい走られたのですか??

寺嶋 ん〜、たぶん、1時間くらいだと思います。練習の初めのランニングの時と同じく列になって走りました。バラバラじゃなくて。ず〜っと同じペースで走らされましたね。

――じゃ、離脱者はすぐに目立ちますね。

寺嶋 でも、なんか抜けちゃいましたね。てか、後から考えるとみんなが抜けない方が僕からするとびっくりしましたね。みんな気合い入ってるな〜って(笑)。

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