東海大相模から系列校に転入した大型遊撃手・百崎 蒼生の現在 そしてかつてのチームメートへの思い
東海大相模(神奈川)は、2021年センバツで優勝を果たし、過去5度の全国制覇の経験を持つ。そのスーパー1年生として秋季関東地区大会で鮮烈な活躍を見せた百崎 蒼生(ももさき・あおい)内野手(3年)は、その後、系列校である東海大星翔(熊本)に転校した。表舞台から姿を消して実質1年半が過ぎたが、転校に伴う出場停止期間中も腕を磨き続け、甲子園出場、そしてプロ入りの目標は諦めていない。
5月から公式戦出場が解禁となるが、すでに残された大会は最後の夏のみ。この1年間をどんな思いで過ごし、ぶっつけ本番の夏へどんな準備をしているのか。そして、かつてのチームメートへの思いとは。
相模時代は周りが見えてなくて幼かった
百崎 蒼生(東海大星翔)
2021年の秋季関東地区大会。神奈川の名門・東海大相模は、1年生遊撃手・百崎の独り舞台だった。初戦の花咲徳栄(埼玉)戦では5打数5安打と大暴れし、守備でも再三にわたり好プレーを連発。大型遊撃手の出現にスカウトは色めき立ち、2023年のドラフト候補として早々に名を上げた。
だがその後、東海大相模のメンバーに百崎の名前が並ぶことは2度となかった。有望選手の転学は様々な憶測を呼んだ。
「チームメートに対して良くない振る舞いをしてしまい、周りはそれを許してくれませんでした。自分だけが結果を残している中で、周りを引っ張っていこうとしましたが、上から目線というか、仲間の気持ちを考えない言葉を口にしてしまいました」
熊本県出身の百崎。遠く離れた神奈川県で身一つで勝負する決心をし、強豪の門をたたいた。甲子園優勝と高卒プロ入り。掲げる目標とのギャップに焦りを感じ、無我夢中でバットを振り続けてきたが、その「力み」がチームメートとの間に軋轢を生んだ。
結果の出ない同級生に対して厳しい声かけで奮起を促すが、無意識のうちに相手の気持ちを考えない言葉となり、思いとは裏腹に立場は孤立していくばかり。百崎は孤独に耐えきれず転学を決断した。
当時は「周りの意識が低い」と捉えていたという百崎。だが、この1年間で自らの非を少しずつ受け入れられるようになり、元チームメートに対してひたすら謝罪の言葉を口にする。
「周りも頑張っていることくらい、今ならわかります。ですが、当時は周りが見えてなかったし、本当に幼かったと思います。チームメートだけでなく、監督をはじめ指導者の方々にも本当に迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳なかったと思っています」
母親思いの優しすぎる少年
百崎 蒼生(東海大星翔)
地元の熊本に戻った百崎は、同じ東海大学の付属校である東海大星翔へと転入した。チームを指導する野仲義高監督は、中学時代にもプレーを何度か見て、百崎には大きなポテンシャルを感じていた。
仲間から孤立した経緯を聞き、チームに溶け込めるか一抹の不安もあったというが、最初にグラウンドを見学にきた姿を見て意外な印象を持った。
「チームメートと上手くいかなかったと聞いて、どんな子だろうと思っていましたが、本当に心優しい子で正直少し驚きました。お母様と一緒にグラウンドを見学に来ましたが、『足元、気を付けて』と声かけたり、そこまで母親に気を遣うのかという感じで。
百崎は、お母様に女手一つで育ててもらっています。母親を楽させてやりたいという思いがとても強い子で、思いが強すぎる故に、自分を大きく見せようとか、大人びた振る舞いをしようとか、そういった行動に繋がったのではないでしょうか。優しすぎる思いが、悪い方向に出てしまったのだと思います」
野仲監督の考察を、本人にも伝えた。
百崎は否定することなく、母への思いを素直に口にする。
「確かに、そういったところがあったのかもしれないです。母には本当に迷惑ばかりかけてきたので、絶対に恩返ししたいなという気持ちがあります。結果的に東海大相模を辞めてまた迷惑をかけてしまいましたが、今は自分が甲子園でプレーしている姿を見せて、そしてプロに入って楽させてあげたいと思って頑張っています」
[page_break:甲子園で東海大相模と対戦したい]甲子園で東海大相模と対戦したい
東海大星翔は、今年の春季熊本大会の2回戦で有明に敗れ、5月に行われるRKK旗争奪選抜大会も出場を逃した。百崎に残されたチャンスは夏のみだ。
1年秋までに11本放った本塁打は、転入後28本まで伸び、また守備でも大きな手応えを感じている。1年前は遠回りとさえ思った高校野球生活だが、改めて振り返ると、東海大相模での出会いはかけがえのない大きな財産となっていた。
「守備では、大塚瑠晏さん(東海大2年)と深谷謙志郎さん(法政大1年)の2人がショートの先輩にいて、その後ろでノックを受けたことが大きかったです。見て学ぶこともたくさんあったし、直接教えていただくこともあり本当に勉強になりました。
東海大相模を辞めた後も、笹田海風さん(東海大1年)に島根のご自宅まで呼んでいただき、中学野球指導者のお父さんから、泊まり込みで打撃を教えていただきました。ただ体重をぶつけるだけだった打撃が、下半身を使った打撃に変わり、打球も一気に変わったんです。東海大相模での出会いがあったからこそ、成長できたと思っています」
高卒プロ入りを目指す百崎だが、まずは一発勝負の夏が控えている。
チームメートとして受け入れてくれた東海大星翔の仲間たちや、お世話になったすべての人たちへの恩返しの場と位置づけ、夏に向けて練習に励んでいる。
「1度高校を中退した自分でも、応援してくれる方々がいて本当に感謝しかありません。母もそうですし、熊本泗水ボーイズの有田代表、松崎監督、東海大相模の指導者の方々、今まで支えてくださった方々に『あいつ楽しんで野球やってるな』って思ってもらいたい。
そして、もし叶うなら、甲子園に出場して東海大相模と対戦したいです。同級生には迷惑かけたけど、熊本で反省して成長したんだって姿を夢の舞台で見せたいです」
挫折や過ちは、成長で洗い流すしかない。それを知っただけでも、百崎は神奈川までいった甲斐があっただろう。
満面の笑みで野球を楽しむ百崎が、もうすぐ表舞台に帰ってくる。
(取材=栗崎 祐太朗)