高卒プロ入りへ、富山の高校野球を盛り上げるための目標

小林路春(富山第一)
投手としてプロ野球選手を目指す小林は、当時最速は120キロほどだった。「スピードが出て抑えられていた」というが、ソフトバンク・千賀 滉大投手(蒲郡高出身)を真似するなど試行錯誤を繰り返し、中学3年生の時は最速131キロまで到達。11月に静岡で開催された第19回全国中学生都道府県対抗野球大会への出場を果たし、ベスト4を経験した。
プロ野球選手の目標を実現するために大事な進路選択。県外も視野に入れて、レベルの高いチームを希望しているところに、多くの学校からのオファーをもらった。数多くの学校の中で「ここにきてプロに行こう」という一言と、熱意に惹かれた富山第一を選んだ。
首都圏をはじめとした全国の激戦区と比較すると、どうしても全国的には注目度が下がってしまう富山からプロへ。それでもプロ野球選手の目標を実現するために、立てた誓いがあった。
「150キロという目標を立てました。プロ入りするために、スピードはもちろんですが、キレにもこだわりました。数字だけが本物ではないので」
プロ野球選手という目標に導いた中学の恩師からも「富山の高校野球を盛り上げてくれ」というメッセージをもらっていたことも、150キロという数字にこだわった理由だった。
プロのスカウトの目に留まるために、キレのある150キロを出す。このために富山第一で高校野球が始まったが、新型コロナウイルスで春、そして夏の大会でデビューする機会はなかった。秋からデビューとなるかと思われたが、高卒プロのために思い切ったことをする。
入学直後は181センチ、65キロとかなりの細身。それでも132キロを計測していたが、中学3年生の時に全国で投げたときも「連戦で体がきつかった」こともあり、最初の課題は体づくりだと思っていた。首脳陣も同じように考えており、「勝負は2年生の春からだ」ということで、ベンチから外れた。
走り込みや体幹トレーニングなど、フィジカル強化を徹底した。全体メニューに加えて、自分だけのメニューを組み込むなど、とにかく体づくりに時間を割いた。「スタンドから応援していて、『ここで投げれば、抑えられんじゃないか』と思うこともあって、速く投げたかった」と急ぐ気持ちをこらえてフィジカル強化を行い、2年生の春、ついに公式戦デビューを果たす。
(取材=編集部)