目次

[1]センバツ前の浦和学院戦がチームが強くなるきっかけとなった
[2]大阪桐蔭と戦って目標ができた


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■vol.1
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■vol.2
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■vol.3
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■vol.2
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■前編
4スタンス理論、大阪桐蔭との練習試合…世代屈指の強打者・蛭間拓哉の礎を築いた浦和学院時代

 22年、ドラフト候補コンビとして最も熱いのが早稲田大の中川 卓也内野手と蛭間 拓哉外野手ではないだろうか。中川は大阪桐蔭時代、2018年に春夏連覇。U-18代表での主将を務め、アジア選手権に出場。早稲田大では1年春からスタメン出場し、3年秋にはベストナインを受賞した。

 一方、蛭間は浦和学院(埼玉)時代、主将として、18年夏に甲子園ベスト8を経験。U-18代表では副将を務め、中川をサポート。早稲田大では2年春からリーグ戦で活躍を見せ、ここまでリーグ戦10本塁打と同世代でも群を抜いている。

 現在は中川が早稲田大の主将、そして蛭間が副将と、U-18と同じ構成だ。2人は2018年夏の甲子園準々決勝で対決しているが、この接点について知られざるエピソードがあった。

センバツ前の浦和学院戦がチームが強くなるきっかけとなった


 彼らの最初の直接対決は17年センバツ前の練習試合だった。

蛭間 最終回まで7対7の同点だったのですが、代打でセンバツ(決勝)でホームランを打った(大阪桐蔭の)西島(一波)さんが代打で出てきて、ホームランを打って負けました。その印象があります。

――蛭間選手にとっては当時の大阪桐蔭についての印象は?

蛭間 やはり全員知っているような選手で、みんなすごかったです。

 17年センバツは大阪桐蔭が優勝。再び両校が練習試合で対決するのは、18年のセンバツ前だった。この時のスコアは、

浦和学院 8対7 大阪桐蔭
大阪桐蔭 5対4 浦和学院

と1勝1敗。この2試合は2人にとっても大きな気づきがあったという。

ーーこの2試合を振り返っていきたいのですが…

蛭間 この2試合、自分は出てないです。自分と渡邉勇太朗(西武投手)が怪我で出ていなくて、打線が奮起してくれて勝ちました。自分は遠征に帯同はしていましたのでスコアを書いてました。

ーー蛭間選手はスコアラーの視点から大阪桐蔭の凄さをどう感じていましたか?

蛭間 やはり一人一人のポテンシャルの高さは感じました。まだ春のはじめの頃だったのでそんなに仕上がっていない状態なのですが、一人一人のレベルは高いと思いました。

ーー中川選手からみた浦和学院の印象はどうでしょう?

中川 ひとつ前の代の時から、すごくコンタクトがうまいというか、芯に当てるがうまい打者が多いとずっと思っていました。年明けから自分の代になって春夏連覇するという気持ちでスタートして、その気持ちを忘れずに、オープン戦を戦ってきたのですが、浦和学院に負けて教えられたというか、あの負けがあったからこそ優勝できたのかなと思います。

ーー浦和学院との戦いを機に変われたのですね。

中川 また一つレベルが上がった気がします。

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