7月7日からテレビ東京ほか・人気アプリゲーム「八月のシンデレラナイン」原案の完全オリジナルドラマ「八月は夜のバッティングセンターで。」が絶賛放映中だ。このドラマでは1話ごとに、NPB、MLBで活躍したレジェンドが登場する。高校野球ドットコムでは、そんなレジェンドの生き様、野球観に、とことん迫った記事をお届けする。ぜひ読者の皆様には放送前にレジェンドの考えを知っていただきたい。

 今回紹介するのは、11日の第5話に登場する里崎 智也氏だ。里崎氏は鳴門工、帝京大を経て、1998年、千葉ロッテにドラフト2位で入団。プロ入り後は千葉ロッテの正捕手として2005年、2010年と二度の日本一に貢献し、さらに2006年にはWBC日本一を経験した。2014年に現役引退した後、里崎氏は野球解説者として活動する傍ら、2019年3月から個人のYouTubeチャンネル「Satozaki Channel」を立ち上げ、登録者数46.6万人の大人気チャンネルとなっている。

 そんな里崎氏が語る「野球を仕事」にするために必要な考え方とは。

番組公式ページはこちらから!
八月は夜のバッティングセンターで。

自分の立ち位置を確保するために必死だった


ーー 里崎さんは鳴門工で3年間プレーした後、首都大リーグ・帝京大に進学されますが、どういうきっかけなのでしょうか?

里崎智也氏(以下、里崎) まず就職しようということは当時、頭になかったです。19歳で働くことにピンとこなかったですよね。まず東京に行きたいと思っていて、それならば大学だなと思いました。

ーー 帝京大4年間では、プロに行きたいと思っていたのでしょうか?

里崎 プロにいくつもりは全くなくて、野球が好きで4年間やっていたら、プロに進んでいた感じでしたね。

ーー その中でも里崎さんが注目されるのは大学2年春に4試合連続本塁打を放ち、その後もリーグ戦で活躍し、強打の捕手として注目されるわけですが、その時はどういう思いでプレーをしていたのでしょうか。

里崎 まず試合に出られるようにその立場を確保したい。そのために結果を残したいと考えていましたね。デビューした時、初ヒットが初ホームランなんです。デビューした時、代打で出たと思うんですけど、次の試合からスタメンで、そこから4試合連続ホームランです。
それでも自分の居場所を確保するために必死でしたね。その時はチームのことよりも、自分のことで必死でした。これは若手社員の方にも当てはまると思います。会社のことよりも自分のことに必死になるでしょう。

ーー 確かにそれはわかります。

里崎 地位ができてきて、組織のことを考えますから。

ーー こうして実績を高める中で、里崎さんはプロに行きたい、強烈な思いを持っていたのでしょうか。

里崎 全くなかったですね。結果を残し始めてから、プロに行けるかなと思っていたら、プロに行けた感じです。

ーー 最近はプロ野球選手の映像を見ながら参考にする球児も増え、こういう選手のプレースタイルをしたいと語る選手もいますが、里崎さんの学生時代にはそういう存在の選手はいましたか?

里崎 なかったですね。というのもプロ野球を全く見ていなかったので、当時、誰になりたいのか。そういうのも考えられなかったんです。考えたことといえば、うまくなることしかないです。努力の結果は試合でしか分からないんです。勉強の努力でいえば、試験の結果しか分からないですから。

PHOTO GALLERY フォトギャラリー

写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。