目次

[1]個性的な投球フォームを認めてもらったアマチュア時代
[2]結果を出して自分の個性を認めてもらうしかない

 7月7日からテレビ東京系列・人気アプリゲーム「八月のシンデレラナイン」原案の完全オリジナルドラマ「八月は夜のバッティングセンターで。」が放映される。このドラマでは1話ごとに、NPB、MLBで活躍したレジェンドが登場する。高校野球ドットコムでは、そんなレジェンドの生き様、野球観にとことん迫った記事をお届けする。ぜひ読者の皆様には放送前にレジェンドの考えを知っていただきたい。

 最初に登場するのがドラマの第1話に登場した岡島 秀樹氏だ。岡島氏は東山高校時代に、92年、93年センバツに甲子園出場。同年にドラフト3位で巨人に入団。その後、日本ハム、MLB・レッドソックス、福岡ソフトバンク、アスレチックス、福岡ソフトバンク、横浜DeNAと渡り歩き、日米通算815試合に登板した。

 岡島氏といえば、リリース時に顔が下を向くノールック投法が有名だが、この独特の投法はいかにして成り立ったのか。いかに貫くことができたのか。その野球人生に迫る。

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個性的な投球フォームを認めてもらったアマチュア時代


 気づいたらこのフォームだった。
 岡島氏は野球を始めた時のエピソードを振り返る。
「自分には2つ上の兄がいましたので、野球をやっている兄についていく形で少年野球の練習場に参加していたんです。そのチームのコーチに、投げてみなさいといわれて、上級生とキャッチボールをして全力投球を投げたら、相手の方が捕れなかったんですよね。コーチの方からチームに入ってみようと誘われたのがきっかけです」

 少年野球に入った岡島氏は投手として台頭。この投法は全力投球時のみに起こる現象で、こうしないと投げられなかった。幸運だったのは、この投げ方を矯正しようとするコーチはいなかったことだ。
「フォームを直しなさいと指摘するコーチもいなかったですし、だんだん投手として慣れるとともにストレートの球速も速くなってバッターを抑えることができたので、指摘はなかったです」

 それは強豪・東山に進んでも同じだった。強豪校はどちらかというと型にはめやすいイメージがあるが、当時の指導者は岡島氏のフォームを尊重した。
「直しなさいと言われたことはなかったですし、自分の個性を活かすことができたと思います」

 岡島氏は東山でも主力投手へ成長し、2年春には小野 晋吾投手(元千葉ロッテ)擁する御殿場西に勝利し、1勝を挙げた。こうした実績を積み重ねにより、岡島氏はスカウトから注目される存在となる。ただ2年秋の近畿大会後に肘を故障。なかなか癒えない日々が続き、岡島氏以外にもダブルエースで活躍した福井 敦投手も台頭してきた。それでもチームは岡島氏に投げさせたい意向が強かった。
 迎えたセンバツ。国士舘戦では制球を乱し、降板。初戦敗退を喫したが、故障が癒え、夏の大会でも好投を重ねるうちに、プロにいきたい希望が強くなっていた。

 こうして1993年のドラフトでは巨人から3位指名を受け、プロの扉を切り開いた。

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