目次

[1]男の修行をしに盛岡大附の扉を叩く
[2]夏の甲子園は満身創痍のなかで大活躍だった


 盛岡大附(岩手)で2016年夏から3季連続で甲子園に出場し、4本塁打を放った植田 拓。身長165㎝と小柄ながら高校通算63本塁打のスラッガーとして、NPBのスカウトからも注目を浴びていた。

 卒業後はプロ志望届を提出せずに社会人のバイタルネットに進むも2年目で退社。昨年は四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツでプレーし、今年からはルートインBCリーグのオセアン滋賀ブラックスに活躍の場を移している。

 手首の手術や娘の誕生など、紆余曲折を経てNPB入りを目指している植田。高校時代から現在に至るまでの道のりや今季に懸ける想いを語ってもらった。

男の修行をしに盛岡大附の扉を叩く


 大阪府出身の植田が盛岡大附に進むきっかけができたのは、貝塚リトルシニアに所属していた中学2年生の時。練習の視察に来た関口清治監督と面談する機会があり、次のように言葉で誘いを受けたという。

 「遠いところに来て、男の修行をしに来い。俺が3年間面倒を見るから」

 関口監督の言葉に感銘を受けた植田は盛岡大附の練習の見学にも行き、「雰囲気が良さそうなチームだと思った」と進学を決意。入学早々からレギュラーとなり、早くから中心選手として活躍してきた。

 2年夏には初めて甲子園の土を踏み、2回戦で創志学園髙田 萌生(現・楽天)から高めに浮いたスライダーをレフトスタンドに放り込んだ。

 「ドラ1候補と聞いていて、いざ打席に立ったら、真っすぐも高校生ではレベルが違うなと思いました。そこでホームランを打って、自信がついたというのはありましたね」と甲子園初アーチを振り返る。

 甲子園で活躍することで周囲の見る目も変わり、「新チームになってからは中心的に動かないといけない」と中心選手としての自覚が芽生えた。