目次

[1]中学時代から際立っていた強肩
[2]球速アップを実現させた4スタンス理論


 今年の兵庫で、ナンバーワンの戦力として評価が高い神戸弘陵。その投打の中心を担うのが、時澤 健斗だ。投げては最速145キロ。打者としても長打だけではなく、俊足で身体能力抜群のパフォーマンスを発揮する。

 昨秋は報徳学園撃破でベスト8。今春は明石商東播磨と実力校を下し、ベスト4。神戸弘陵を投打で牽引する時澤の歩みに迫る。

中学時代から際立っていた強肩



神戸弘陵・時澤 健斗

 兄の影響で小学生の時から野球を始めていた時澤。当時はまだ右投右打で、メインとしていたポジションはキャッチャー。投手として野球人生は始めておらず、中学に進学後もキャッチャーで軟式野球を継続していた。

 当時から強肩で、中学3年時に遠投98メートルを記録するほどの実力者として知られていた時澤は、県の選抜チームに選出されて全国を経験した。ちなみに過去に甲斐野 央(東海大姫路出身)や松本 航明石商出身)らが選出されたチームで、プロ野球選手も輩出するチームに呼ばれるだけの実力があったのだ。

 いくつかのチームの誘いも受けたが、時澤は神戸弘陵への進学を決意。高校野球の扉を開くこととなるが、ここで1つの決意をする。なんと、高校に進学して投手にコンバートすることを決めたのだ。

 「中学校の時から少しずつやっていましたけど、『速いボールを投げられる』と思って自分から高校になってから本格的にやり始めました」

 だが、そう簡単には活躍できない。打者のレベルが中学時代は大きく変わり、すぐに活躍することはできなかった。そのなかにも「レベルが違うからこそ面白かった」と難しさの中に楽しさを感じながら時澤は少しずつステップアップを踏んでいった。

 バッティングに関しても中学の時から、「まずはしっかりと振り抜いて強い打球を飛ばせるようにしました」と意識を変えていった。すると、1年生秋からベンチに入ることができ、県大会4試合の中で2試合先発を任されるようになるなど、着実にチームの戦力として活躍するようになっていく。

 そして冬場に入ると、時澤にとって1つの転機がやってきた。スイッチヒッターとしての第一歩を踏み出すこととなるのだ。

 「身体のバランスを整えるために左でスイングをしていたら、部長先生から『左でも打てるんちゃうんか?』と言われてからですね。中学生の時にはかじっていましたけど、本格的に始めたのは2月くらいです」

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