目次

[1]元プロから教わった打撃理論をアレンジを重ねて進化を遂げた
[2]常に100点満点を追い求め、90点では喜ばない



 今年にセンバツ出場出場チームの中で最も本塁打を打っているスラッガー・小澤 周平健大高崎)。3月に入って本塁打2本増やし、通算37本塁打を記録している。そんな小澤の歩みを振り返っていきたい。

元プロから教わった打撃理論をアレンジを重ねて進化を遂げた


 ホームランは常に憧れ、それを実現してきた。小学校1年生から野球をはじめ、山手メッツでプレーし、腕を磨いた小澤。小学校の間に小澤がスラッガーへ化ける出会いがあった。それが元プロ野球選手・佐野 元国(横浜出身)氏だ。現役時代の本塁打は1本。しかし卓抜とした打撃理論はアマチュア界では評判で、小澤にとって小中学校の先輩。家も近所で、「親の勧めで佐野さんの野球教室にいったのですが、そこでスイングを教わりました。「今も意識しているボールに対して平行なスイングをする。打撃はずっと自信がありましたし、ホームランを打つことができました」

 小学時代は少年野球仕様として狭いにしても、46本塁打を記録。なかなか飛ばせるものではない。体格も大きいわけではなく、打球を飛ばせる小澤の技術は群を抜いていたと思わせるエピソードだ。

 小澤は小学校6年時に参加人数700人の激しい競争を勝ち抜き、ベイスターズジュニアに選出。当時は横浜南ボーイズに進むと、フェンスが深くなっても通算20本塁打を記録。

「硬式に変わってそんなに打てなかったですね」と振り返るが、十分にすごい数である。

 そんな小澤が健大高崎に進んだのはボーイズの先輩・大越 弘太郎(亜細亜大)に憧れたのがきっかけだ。

 小澤は早くも頭角を現し、春季大会後の練習試合ではスタメン起用され、星稜との練習試合では荻原 吟哉(亜細亜大)が投げ込んだ直球をもの見事にライトスタンドへ運んだ。そのあと、健大高崎のネット裏に選手の計測された筋力数値やスイングスピードが張り出された掲示板をのぞき込むと、3年生を差し置いて上位に入っていた。この時から非凡な才能を示していたのだ。

 最も健大高崎の環境は小澤に最適だった。盛岡大附でコーチ経験のある赤堀コーチが小澤たちの代の入学と同時期に赴任。そこで教わった「ボールのラインに対してバットの軌道を入れること」というものは、佐野氏から学んだ打撃理論に近い。赤堀コーチは入学する選手たちの中学時代の打撃理論を理解した上でコーチングにあたるそうだが、小澤がそれほど苦労することなく、順応できたのは小学校時代からの下積みがあったこと。また、小澤自身、打撃の探究心が深い選手だったことだ。