目次

[1]なぜ中田はゴルフを諦めたのか?そしてゴルフの経験が野球にどう生きているのか?
[2]甲子園では自慢のフルスイングと強肩を見せていきたい


 今年の星稜はドラフト候補・内山 壮真など多くの逸材がいるが、その中で特殊な経歴を歩んでいる選手がいる。それが2年生スラッガー・中田 達也だ。なんと野球を始めたのは中学生からで、小学校までは300ヤードを飛ばしていたという天才ゴルフ少年だった。そんな中田はいかにしてスラッガーへ化けたのか。これまでの軌跡を追っていく。

 気持ちいいフルスイングを見せるな…と思わせる中田。そのスイングの迫力は内山以上だ。中田の打撃スタイルはゴルフの経験が大きく生きていた。

なぜ中田はゴルフを諦めたのか?そしてゴルフの経験が野球にどう生きているのか?


 小学生の時、ゴルフをやっていた祖父の影響で、ゴルフを始めた中田。当時は「プロゴルファーを目指して練習もしていましたね」と振り返る。最高スコアは71で、小学校6年の時は300ヤードは飛ばしていたという。そんな中田だったが、ある天才ゴルフ少年の存在により、諦める。それが現在もゴルファーとしてプレーする湯原光さんだ。湯原さんは小学校6年の時に中部小学生ゴルフ選手権で優勝などするなど数々の大会で好成績を収めてきた。そんな同い年の「天才ゴルファー」を見て中田は小学校でゴルフをあきらめ、趣味で好きになっていた野球を中学生から始めることになる。

 野球初心者はまず軟式野球からというイメージがあるが、中田は高校野球で早く活躍したい思いから中学硬式の加賀ボーイズに入団する。

 まず野球初心者だった中田はルールが分からないので、指導者に教わったり、いろんな試合を見て、あらゆる状況について説明をしてもらい、野球の基礎を覚えた中田はさらに上達のために、土日の練習後では小松市にあるバッティングセンターに通い、1日150球の打撃練習を行った。ちなみにゴルフ時代は右打ちだったが、野球を始めた時から左打ちだった。中田の父はイチローが好きで、それがきっかけで左打ちとなった。

 また、ゴルフ時代、体幹トレーニングを懸命にやっていた中田は人よりも肩が強く、投手も務め、中学3年生の時には130キロ中盤の速球を投げられる投手になるまでに。短期間でも持ち前の才能の高さと継続的な努力で、中学3年としては高いパフォーマンスを身に着ける。

 そして当時から星稜に憧れがあった中田は推薦で星稜高校に入学。ここから長打力に目覚めることになる。ゴルフの打ち方は野球にも生きている部分があった。

「がに股で割れを作ってボールを呼び込んでスイングするのですが、そういうところはゴルフの経験が生きていると思っていますおおお。またゴルフはガチガチで力が入っていると打球は遠くへ飛びません。スイング軌道、力の入れ方などゴルフで取り組んでいたところは、高校に入って、もう一度参考にしていきました」

 いわゆる原点回帰。中学時代、ヒット、打率志向が強かった中田は高校入学を機に長打志向に変えた。