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第1227回 創価の146キロ右腕・森畑侑大は「6番手投手」からいかにして都内屈指の本格派に成長したか2020年07月30日
【目次】
[1]中学時代は6番手で打たせて取る投手
[2]活動自粛期間では10キロの増量に成功
昨年の秋季東京都大会で大ブレイクを果たした選手の一人が、創価のエース・森畑 侑大ではないだろうか。184センチの身長からスピンの効いた直球を投げ込む本格派右腕で、チームのベスト4進出の原動力となった。
この夏の夏季東西東京都高等学校野球大会でも注目が集まるが、森畑はどんな思いで夏を迎えるのか。これまでの歩みとともに伺っていった。
中学時代は6番手で打たせて取る投手

森畑侑大
投手と言えば、闘志を前面に出してチームを鼓舞する姿をどうしてもイメージしがちだが、森畑はそのイメージとは真逆のタイプの投手だ。物静かで声も決して大きくなく、またマウンドでも淡々とボールを投げ込み、あまり感情を表に出すことはない。
だがその姿こそが、森畑がイメージする理想の投手像であり、本格的に投手を始めた小学校5年生の頃から、自らの冷静な性格は「投手向き」だと感じていたと振り返る。
「自分の中では、ピッチャーはどんな時も冷静なイメージがありました。性格はそんなに激しいタイプではないので、どちらかと言うとピッチャーが合ってるなと思いました。
緊張もあまりするタイプではないですね」
実は森畑は、中学時代までは実績の少ない投手であった。
リトルシニアの名門・調布シニア出身の森畑だが、周囲のレベルが高かったこともあり、中学3年時のチーム内での位置づけは6番手投手であった。
現在は146キロを記録する直球も当時は125キロ程で、本格派というよりも打たせて取るタイプだったと語る。
「身長も180センチくらいあって、周りと比較しても大きかったと思いますが、スピードにも自信が無くて、その分コントロールで勝負する投手でした。ベンチ入りはしていましたが、大会でもあまり投げませんでした」
どちらかと言えば、中学時代は目立たない存在だった森畑。しかし創価の片桐哲郎監督は、中学時代の森畑に大きな可能性を感じていた。
スピードは無くても手足が長く、バランスが良くて動きに癖もない。また体にバネもあり、キャッチボールでもスピンの効いたボールを投げている。
その姿に片桐監督は、アマチュアナンバーワン右腕としてプロ入りを果たしたかつての教え子を思い出したと振り返る。
「あぁ、もしかしたら田中 正義二世になるかなと。そういった淡い期待が彼を見た瞬間はありましたね。
こういった身体の使い方や能力があれば、体に力がついてきた時にグッと伸びていく可能性があるなというのが僕の第一印象でした」
推薦入試で無事に合格し、創価への入学が決まった森畑。
その後、片桐監督がイメージした通りの成長曲線を描くのであった。