第1224回 最速142キロの群馬の公立の星・佐藤祐(前橋工)はエースの覚悟を胸に強豪私学を圧倒する!2020年07月25日

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【目次】
[1]1つ1つの練習を真摯に受け止め、積み重ねて成長してきた
[2]名実ともにチームのエースへ!

 7月18日から開幕した群馬県の独自大会。前橋育英健大高崎桐生第一と例年以上に熾烈極める大会となるが、そこに待ったをかけようとしているのが、前橋工の佐藤 祐だ。

 身長181センチ83キロの恵まれた体格から、最速142キロのストレートなど力強いボールで打者を翻弄。県内屈指の力投派投手だ。そんな佐藤はここまでにどのような道のりを歩んできたのだろうか。

1つ1つの練習を真摯に受け止め、積み重ねて成長してきた



佐藤祐(前橋工)

 佐藤が野球とのかかわりを持ち始めたのは小学2年生から。近所の友人からの誘いで軟式野球の福島ガッツに入団。様々なポジションを転々としながら、小学5年生の秋ごろからピッチャーへ挑戦し始める。

「とにかく全力で投げてスピードで勝負をしていましたが、コントロールが悪くて苦労しました」

  小学校時代のピッチャー・佐藤を懐かしそうに振り返ったが、甘楽中学へ進学すると、1年生の夏から外野手として出場。そして1つ上の先輩たちの代になると、本格的にピッチャーとして練習をしていくこととなる。

  福島ガッツ時代にはあまりやってこなかったブルペンでの投げ込みに力を入れ、走り込みも積極的に取り組んでいった。 

「長距離などランニングは好きでしたので、ポール間などしっかりやっていました」

  また甘楽中から力を入れてきたブルペンでの投げ込みでも、佐藤はコントロール向上を意識して取り組むようにしてきた。

「とにかくブルペンで投げる時はキャッチャーの構えたところに投げること。そして伸びるボールの軌道をイメージして投げ込むようにしてきました」

フォームやリリースを大きく変えたわけではないが、イメージとランニングで鍛えてきた下半身のおかげもあり、「コントロールが良くなってバッターと勝負が出来るようになりました」と3年間での成長を振り返った。

 その後、佐藤は前橋工に進学するまでの期間、野球塾へ通うことを決心した。

 「硬球にも慣れたかったですし、高校までにレベルアップがしたかったんです。そうしたら親が見つけてくれたので、通うことを決めました」

 練習は週3日。水曜日は室内練習場を使ってトレーニングやランニング。土日になればグラウンドに足を運び、みっちり練習をした。また食事合宿も行うなど、技術だけではなく体力面も強化された佐藤。「厳しいと評判のチームでしたので、毎日きつい練習でした。トレーニングも多かったですが、おかげで力はついて球速は速くなっていきました」

 軟式から硬球に変わったことにも違和感がなかった佐藤はスムーズに対応し、高校野球への準備は順調に進んだ。

 そして「練習を見て雰囲気が良かった」と言うことを決め手に前橋工へ進学。入学時からAチームに帯同される高い期待を寄せられながら、高校野球をスタート。夏はベンチを外れたが、走り込みなど1つ1つの練習メニューを真剣に取り組み続け、1年生の秋にベンチ入り。さらに公式戦デビューもした。 

「最初は緊張しましたが、先輩方にもいろんなことを教えていただき、しっかりと調整ができましたので、自信を持って投げられました」

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