目次

[1]ストイックな先輩投手に影響を受けて、取り組みを変える
[2]二度の関東大会敗戦を力に変えて



 毎年、茨城県内でもトップレベルの好投手を育成する常総学院。その中でも最速150キロを誇る速球派右腕・菊地 竜雅に多大な注目を浴びている。甲子園中止が決まり、甲子園デビューはなくなったが、それでも独自大会での投球に注目が集まる。

 中学時代から130キロ後半の速球を投げる才能を持っていた菊地にとって常総学院の3年間は投手としての基礎を身に着ける重要な期間だった。そんな菊地の歩みを振り返っていく。

ストイックな先輩投手に影響を受けて、取り組みを変える


 菊地にこれまでの取り組みを聞くと、投手というポジションが大好きで、その上達のために、貪欲で探求心豊かな選手ということが実感させられた。これまでの歩みを振り返ると、1つ1つの出来事をしっかりと受け取って、次に生かす行動力を持っている。

 小学校1年生の時、野球好きだった父の影響で、野球をはじめ、投手人生は小学校3年からスタートした。その時から常総学院に対しての憧れは持っており、2013年のエース・飯田 晴海(東洋大-新日鉄住金鹿島)は投手としての理想像だ。

 「投球術だけではなくて、牽制技術も抜群に上手くて、本当に憧れました」

 そして守谷中に進むと、茨城の中学硬式の名門・取手シニアに入団した。そこでは卒業後、加藤 公翔中央学院)、渡辺貴斗(関東一)、明石龍之介(横浜)など強豪校でプレーする仲間に揉まれながら、メキメキと頭角を現していき、中学3年には130キロ後半の速球を投げられるまでに成長。憧れだった常総学院にも声をかけられ、進学を決めた。

 1年から140キロ近い速球を投げられ、同期の中でも抜きんでた実力を持っていた菊地。それでも先輩投手の投手のレベルの高さを実感していた。その中でも最も衝撃を受けたのが塙 雄裕(法政大)だった。

 「確か関東大会後の練習試合だったと思うんですけど、その時の塙さんのストレートの切れが本当に凄くて。人生で見てきた中で一番すごいストレートだったと思っています。150キロを超えるストレートがなくてもあれほどの切れのあるストレートを投げることができれば抑えられるんだなと」

 また菊地は塙から取り組み面でも影響を受けていた。塙は長く肩の故障で苦しんでいた時期があった。復帰するためにリハビリに励む塙の姿を見て菊地は「本当にストイックな方だなと思いました。自分が決められたメニューを1つずつこなしていく。自分は走ることが苦手でしたが、復帰のために走っている塙さんを見て、自分もやらないといけないと思いました」

 そして1年夏には最速140キロ、1年秋には最速144キロと順調にステップアップをしていた。

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