目次

[1]自粛期間も着々と上のステージへの準備を続けた
[2]高校野球へ恩返しをし、プロのステージを狙う


 京都国際では昨年の上野 響平(日本ハム)に続くプロ入りが期待されている早 真之介。1年夏からレギュラーを掴み、これまでに高校通算27本塁打を放っている。

 現在は打者として名を馳せているが、入学当初は投手として期待されおり、野手としてドラフト候補になるのは本人も予想外の出来事だった。彼はいかにしてプロ注目の打者になったのだろうか。その成長ストーリーについて迫る。

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140キロの剛腕左腕だった早真之介が高校通算27本塁打を誇る京都屈指のスラッガーになるまで【前編】

自粛期間も着々と上のステージへの準備を続けた


 決勝戦でサヨナラ負けした夏に続き、惜しいところで甲子園を逃してしまったが、この悔しさをバネにその後の練習試合では本塁打を量産。通算27本塁打のうち、10本前後は秋以降に稼いだそうだ。冬場にも打撃に磨きをかけ、ラストイヤーに向けて自信を深めていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、春季大会は中止。進化した姿を見せることはできなかった。

 「チームを勝たせるバッティングをしないといけないので、冬はバッティングに力を入れてきました。ミスショットがなくなってきたので、自分でも成長できたと思います。春は自分の成長した姿を他のチームに見せるための大会だと思っていたので、中止になって、凄くショックを感じました」

 緊急事態宣言が出てからは実家に帰省することになった。後輩の山口 吟太(2年)の実家が近所だったこともあり、二人で一緒に練習をすることが多かったそうだ。自転車で少し行けば、ロングティーができるほどの広い練習場所があり、練習環境には困らなかったという。休校期間中は技術だけでなく、体作りにも力を入れてきた。

 「プロに行くためには体つきを大きくしないといけないので、ご飯をたくさん食べたり、筋力トレーニングを意識したりしていました」

 取材日の打撃練習を見た限りでは昨年よりも体のキレと打球の速さが増していたように感じられたが、これも体作りの成果だろう。プロに行くための土台は着々と作られている。

 打撃に関して意識していることはタイミングの取り方だ。それについて早は「ピッチャーが足を上げる時と一緒に足を上げるイメージでやっています」と話す。村上 宗隆(ヤクルト)が実践しているのを知り、自身も取り入れたという。