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[1]立命館守山に進学、チームに欠かせない存在に
[2]ほろ苦い思い出となった近畿大会

[1]立命館守山に進学、チームに欠かせない存在に
[2]ほろ苦い思い出となった近畿大会

 4番捕手兼リリーフ投手として創部4年目の立命館守山を近畿大会初出場に導いた景山 透唯(2年)。昨年末には滋賀選抜に選出され、中軸打者として活躍した。身長171㎝と上背はないが、ガッチリとした体格から安打を量産し、投手としても肩の強さを活かした力強いストレートで相手打者を抑え込む。

 「チームとして一番の主軸ですし、本当に頼りになります」と西田賢生主将(2年)が話すようにチームメイトからの信頼は厚い。今回は滋賀を代表する二刀流プレーヤーとなった景山のこれまでの野球人生や今後の抱負について伺った。

立命館守山に進学、チームに欠かせない存在に



景山透唯( 立命館守山)

 滋賀県栗東市出身の景山は父・太さんと3歳年上の兄・晴斗さんの影響で小学生になる前から野球に親しんでいた。最初は県内の硬式クラブチームに所属していたが、小学4年生の冬に大阪柴島ボーイズに移籍している。大阪柴島ボーイズは2012年の日本少年野球選手権大会で優勝しており、「強いチームでやりたい」という理由からだった。

 景山は中学まで大阪柴島ボーイズでプレーを続けた。チームとしては目立つような実績を挙げられなかったが、3年生時は4番捕手として活躍。中学3年間での打率は.517と驚異的な数字を残している。

 高校進学の際には地方の強豪校からの誘いもあったが、「新しくて面白いチームだと思って決めました」と創部してまだ2年しか経っていない立命館守山への進学を決断。内部進学で立命館大に進めることも決めての一つとなった。

 景山が入学してきた年の3年生は1年生の時から試合経験を積んできた1期生。経験値で勝る先輩が多くいる中で、「3年生を勝たせてあげないとダメだと思っていたので、毎日、家で素振りと羽打ちを欠かさずやっていました」と努力を重ねて1年夏からベンチ入りを勝ち取ると、主に代打要因として活躍した。

 1年秋からは中軸を打つ正捕手としてチームに欠かせない選手となっていく。さらに昨夏に新チームが指導してからはチーム事情で投手を任されるようになる。投手の頭数が少ない中で「一番肩が強くて、四球を出さないし、変化球も投げられたので」(秋武祥仁監督)という理由でリリーフ投手に抜擢されたのだ。

 投手は小学生の時に少しやったことがある程度。本格的な経験はないに等しかったが、「責任感がキャッチャーと同じくあって、自分が投げることでバッターを抑えるという楽しさはありました」と挑戦する中で投手としての楽しさを覚えた。

 だが、捕手でスタメン出場して、試合途中からマウンドに立つのは体力的に負担が大きい。「キャッチャーは足腰を使うので、疲労がある中でピッチングするのは大変でした」とその苦労を語る。

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