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[1]中学時代は本塁打0本。長打力を磨くために取り組んだこと
[2]打撃調整法は自分に「これが大事」というものを作らない

[1]中学時代は本塁打0本。長打力を磨くために取り組んだこと
[2]打撃調整法は自分に「これが大事」というものを作らない

 14試合で20本塁打を放った天理打線の4番を座り続けた山地 裕輔。大正シニア出身の山地は秋だけで公式戦3本を記録した182センチ80キロの大型スラッガーだ。神宮大会3打席連続本塁打を放った河西 陽路など強打者が揃うが、山地のポテンシャルの高さを見ると大きな期待を抱かせる逸材であることは間違いない。

 首脳陣からの評価も高い山地の歩みを振り返る。

中学時代は本塁打0本。長打力を磨くために取り組んだこと



インタビューを受ける山地裕輔(天理)

 元から長打力があったわけではない。大正シニア時代は主に三遊間と捕手を務め、球に長打があっても二塁打、三塁打程度でさく越えは1本もない。全国大会は二度経験しているが、バリバリの一流選手ではなかった。

 天理に進むきっかけとして、山地の母が天理大出身で、そのことを知った野球部関係者が山地を誘い、天理入学が決まった。

 高校入学と合わせて外野手に転向し、いきなり1年春からベンチ入りし、1年秋にはレギュラーとなる。

 そのとき、まだ長打力がなかった山地にとって転機となったのは1年冬の練習だ。コーチとマンツーマン指導を受け、ロングティーを中心にこなし、少しずつ長打力を身につけていく。
 初本塁打が飛び出したのは2年夏の大会前の練習試合で初本塁打。これが野球人生初めてのさく越え本塁打となった。

 そして新チームになり、さらに長打力を磨くために意識的に縦振りすることを心がけている。そのため山地は打席に入る前に縦振りする動作を繰り返しているが、これは無意識に縦振りで振り抜くためのイメージトレーニングだそうだ。

 また、スイング時に腰が開きやすくなる欠点を防ぐために腹筋に力を入れて抑える。その腹筋を鍛えることを行った。
 その結果、公式戦3本塁打を放ち、4番打者としての重責を果たした。

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