目次

[1]甲子園出場した父に憧れ伊香へ
[2]飛躍のきっかけとなった東海大vs青山学院大の練習試合観戦

 21世紀枠の近畿地区候補に選出され、第69回大会以来となる33年ぶりの甲子園出場に期待がかかる伊香。秋の滋賀大会4強の立役者となったのがエースの隼瀬 一樹(2年)だ。初戦の滋賀学園戦で完封勝利を飾ると、準決勝の近江戦では惜しくも敗れたが、延長11回途中まで無失点の好投を見せた。その評判は近畿内に知れ渡っており、強豪校指導者からも「ええ投手です」と絶賛の声が飛ぶ。

 センバツに選出されることになれば、大会注目の好投手としてピックアップされることだろう。プロ入りを意識するまでになった本格派右腕の成長ストーリーと理想の投手像は非常に興味深いものだった。

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甲子園出場した父に憧れ伊香へ 



隼瀬一樹(伊香)

 滋賀県長浜市湖北町に生まれ育った隼瀬。父の大典さんは33年前に伊香が春夏連続で甲子園出場を果たした時の野球部員。県大会ではベンチ入りしていたが、甲子園ではベンチに入ることができなかったそうだ。祖父と父が野球好きだったこともあり、物心ついたころから野球に親しみ、小学2年生の時に朝日スポーツ少年団で野球を始めた。

 最初は捕手や内野手を務めていて、投手になったのは長浜市立湖北中2年生の時。当時の教頭だった寺村幸治先生(現長浜南中校長)が隼瀬のことを目にかけていて、投手をすることを勧められたのがきっかけだ。

 それからは毎日、放課後に寺村先生の個別指導を受け、脚力を強化するために職員室前の雑巾がけも行っていた。その甲斐もあり、中学最後の大会ではエースとして近畿大会出場を果たす。

「最後の大会でいい結果を残せたのも寺村先生のおかげかなと思います」と恩師への感謝の気持ちを忘れることはない。投手への道しるべを作ってくれた寺村先生とは今でも連絡を取り合っているそうだ。

 高校は「地元の高校で甲子園に行きたかった」と以前から第一志望だった伊香への進学を迷わず決断。「違和感もなく投げられたので、普通に楽しんで投げられたと思います」と硬球への移行もスムーズに進んだ。

 1年秋からベンチ入りし、投手陣の一角を担った。1学年上の選手は個々の能力が高く、甲子園出場も期待されていた。
 「上の学年は能力が高い人が多かったので、自分も頑張らないといけないと思いましたし、先輩と甲子園に行きたいと思っていました」

 しかし、夏は2回戦で敗退。先輩と甲子園に行くことは叶わなかった。新チームとなって、残った選手は18人。3年生が抜けて戦力の低下は否めなかった。
 「前からこの先輩が抜けたら大丈夫かなと思っていましたし、最初は不安な気持ちはありました」

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