第1054回 無名の高校だからこそじっくり成長できた 玉村昇悟(丹生)【前編】2019年10月13日

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【目次】
[1]「卒業したらプロに」入学前に監督に語っていた
[2]休みながらじっくりやれたからこそ成長できた

  最速147㎞/hを投げる本格派左腕として、ドラフト候補に挙げられている丹生玉村 昇悟。主将・エースとして臨んだ最後の夏はセンバツ出場校の啓新、甲子園通算12度出場の強豪・福井工大福井を破って決勝進出。敦賀気比に敗れて甲子園出場とはならなかったが、2009年の敦賀気比山田 修義(オリックス)が保持していた大会通算49奪三振を超える52奪三振をマークした。今回は地元の公立校からプロ注目の投手へと成長した過程を追っていく。

「卒業したらプロに」入学前に監督に語っていた



インタビューを受ける玉村昇悟(丹生)

  福井県越前町で生まれ育った玉村は3歳年上の兄がプレーしていた影響で、小学4年生の時に野球を始めた。最初は右でも左でも投げていたというが、グラブを購入する時に「左の方が投げやすかった」という理由で左利きのグラブを購入。こうして「左投げ・玉村 昇悟」が誕生した。

 ちなみに字を書くことやお箸を持つこと、バドミントンなど、野球以外は全て右利き。左の方が投げやすいのかは本人もよくわからないそうだ。

 野球を始めた当初から投手をやっていたが、意外にも「最初はあまり好きじゃなった」と話す。その理由からは「目立つから」だという。あまり目立つことの好きではない性格の玉村は「恥ずかしかったので、別の目立たないところが良かった」と思っていたそうだ。それでも「良い球が投げられるようになるにつれて、抑えられたりするので、楽しくなってきました」と徐々に投手の魅力を感じられるようになっていた。

 中学では越前町立宮崎中の軟式野球部に所属。公式戦で打ち込まれることは少なかったが、同地区に敦賀気比の投手として甲子園に出場した黒田 悠斗を擁する鯖江市立中央中に敗れ続け、地区大会を勝ち上がることができなかった。

 高校は家から車で15分と近く、兄も通っていた丹生に進学を決めた。中学時代に同地区で戦ったライバルたちが進むと聞いていたことも決めての一つになったという。

 余談だが、入試の面接で面接官を務めていた春木竜一監督の前で、「3年生の頃には全国の選手と張り合えるようになって、卒業したらプロに行きたい」と宣言していたそうだ。だが、当の本人は覚えていなかったようで、取材の前日にその時のエピソードを教えてもらったという。それにしても3年後に有言実行したと言っても差し支えないほどの活躍を見せたのだから立派なものだ。

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プロフィール

木下元秀(敦賀気比)
玉村 昇悟(たまむら・しょうご)
  • 丹生
  • ポジション:投手
  • タイプ:左投左打
  • 身長体重:177センチ75キロ
  •  
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