奥川恭伸と歩み、ともに成長を続けた捕手人生。これからも確かな実力をつけて球界を代表する捕手へ 山瀬慎之助(星稜)
今年のドラフトで複数球団からドラフト1位候補といわれる奥川恭伸(星稜)。その奥川と小学校4年生の時からバッテリーを組んできたのが山瀬慎之助だ。「奥川の持ち味を出すのは誰にも負けない」という言葉も大げさではなく、奥川の快投には必ず山瀬の存在があった。その山瀬もプロの舞台へ挑戦しようとしている。山瀬自身の成長も奥川の存在が欠かせなかった。
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なぜ奥川恭伸は超一流投手になったのか?それは高い次元を求めたマイナス思考にあった
星稜に進んだきっかけは奥川とバッテリ―を組んで甲子園にいきたかったから
笑顔でミットを構える山瀬慎之助(星稜)
根っからの捕手人生だ。また山瀬の捕手としての成長は奥川恭伸の存在が欠かせない。
小学校2年生から野球を始め、最初はキャッチボールをこなしながら基礎を固めた。そして与えられたポジションがキャッチャーだった。
そして奥川との出会いも小学校2年生から。同じクラスだったのが仲良くなったきっかけだった。
「僕と奥川は活発的なグループの仲間として、一緒に遊んで、すぐに仲良くなりました」
また奥川はあとから山瀬と同じチームに入り、バッテリーを組み始めたのが小学校4年生から。ほぼ同時期に山瀬は捕手を始めており、8年間の捕手人生のほとんどが奥川と組んできた。ちなみに当時の奥川の印象について聞くと、
「確かに良い投手ではありましたが、当時は奥川より良い投手はいましたし、そこまで突出した投手ではなかったです」
奥川が凄くなったと実感したのは宇ノ気中に進んでからだ。
「中学生になってからだいぶ頭角を現してきて、点を取られない投手になっていました。本当に常に成長しつづけていて伸びていくなと感じていました」
バッテリーを組んでからは捕手として成長したい思いが常にあった。
山瀬といえば、肩の強さがストロングポイント。野球を始めてから肩の強さには自信を持っていたが、強くなったのは奥川の存在がある。
「学年が上がるにつれて凄くなる奥川が常にそばにいるので、奥川よりも速いボールを投げたい、遠くまで投げたいという思いで練習をしていたと思います。奥川が成長していくにつれて肩が強くなったと思います」
奥川の存在によってとびぬけた強肩を持った山瀬は中学時代に投手を兼任。ストレートのスピードは奥川と競い合うほどだった。その姿を見て投手を勧める声もあり、中には投手のほうがプロにいけるという評価もあった。それでも山瀬は捕手にこだわった。
「奥川と一緒に進学することを決めていましたし、奥川がいる以上、自分はエースピッチャーになれないのはわかっていました。自分がキャッチャーにこだわった理由は、それでも奥川とバッテリーを組んで甲子園に出たかったからです」
それだけ山瀬にとって奥川はかけがえのない存在なのである。
研究心旺盛な姿勢でスローイング、キャッチングを磨き信頼される捕手へ
「球界を代表する捕手になる」と書いた色紙を掲げる山瀬慎之助(星稜)
全中優勝の経験をもって入学した山瀬だったが、チームメイトの投手から常に指摘されていたのはキャッチングの悪さだった。山瀬は毎日、マシン相手にキャッチングの練習を繰り返してレベルアップを目指してきた。では練習をこなす中で、どんなキャッチングが良いと思ったのかを解説していただいた。
「動かさないのが一番。ミットが持っていきづらいので、基本的な動作をしっかりしていました」
またキャッチングを磨く際、MLB屈指の好捕手・マーティン・マルドナード(アストロズ)などメジャーリーガーのキャッチングを参考にしながら、重いものをもってそのまま支える練習を何度も繰り返してから投球練習を受けてきた。
「ダンベルをもってキープしているとだいぶきついので、役に立つのではないかと思って、トレーニングしていました。結果どうだったかは分からないですけど、過去よりもうまくなっているのは感じます」
また山瀬の武器であるスローイングは高校に入ってより実戦的となり、確実性が増した。こちらも動作を交えながら解説する。
「ピッチャーの横を通過させることを大事にしていて、上手く叩きつけられると横を通過させたスローイングができますね」
またスローイングではステップも大事になる。山瀬は小さいステップで投げることを意識している。
「イニング間のスローイングでだいぶ前にでて投げる捕手がいますが、それでは打者がいるとできないので、僕の場合、常日頃から小さいステップで投げることを意識しています。その場で投げることができたらどんな体勢でも刺すことはできますし、ボール球でしたら若干前に足が出ますが、僕はその場で投げるイメージです」
そのスローイングをするために甲斐拓也(ソフトバンク)の理論も参考にしている。
「とてもステップが上手い甲斐選手ですが、僕はフットワークが下手なので…。甲斐選手の動画を見ると、捕る直前に腰が浮いていて、そうすることで、左足に体重がのるので右足を出しやすくなります。僕はほかの捕手の動画を見ることが好きなので、いろいろなタイプの捕手の動画を見ながら取り入れています」
そんな山瀬が今年の甲子園で決勝まで自信になったのは盗塁されなかったことだ。
「捕手にとって嫌なのは盗塁なので、嬉しかったです。いろいろな投手とリードもよくできたと思いますし、最低限の仕事はできたと思います」
こうして活躍を認められて奥川とともにU-18代表に選出されたが、 6試合出場も、スタメン出場も少なく、2打数0安打に終わった。
「非常に良い経験になりましたが、試合に出られなかったことも納得していませんし、悔しさが残る大会でした。悔しいままで終わらず、それをしっかりぶつけてやっていければと思います」
帰国後は新チームの選手と混じりながら練習している。そして最後に、プロに挑戦するにあたっての意気込みを語った。
「プロを目指しますが、自分は全然打力がないので、しっかりと身につけていきたいと思います。僕は長くプロで野球をしたいので、肩以外のスキルもしっかりと実力をつけて球界を代表する捕手になりたいと思います」
この3年間、奥川と組んでいる山瀬として注目を浴びてきた。奥川の能力を最大限に引き出した女房役として山瀬の実績は称えるべきだろう。
ただプロに限らず、どのステージに進んでも生き残るには山瀬自身の実力が問われる。確かな実力をつけて、捕手・山瀬慎之助としてフィーチャーされることを期待したい。
(取材=河嶋 宗一)
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