目次

[1]投手人生の危機を乗り越えた高1の夏
[2]センバツ大会後の劇的スピードアップの要因とは?

 下級生時から智辯和歌山投手陣の一角としてチームの躍進に貢献してきた池田 陽佑。2年秋よりエースナンバーを背負い、今春のセンバツ大会では2試合、13回を投げ、自責点はわずか1。啓新との2回戦では降雨による1時間50分の中断に集中力を切らすことなく121球を投げ切り、高校初の完投勝利をマーク。8強入りの原動力となった。センバツ後は質のいいストレートにさらに磨きがかかり、いまだ成長途上の真っただ中。

 後編では、野球人生で直面した苦難やセンバツ後の球速アップについて。そして最後は、夏にかける思いを語ってもらった。

センバツ2試合で自責点1の好投!存在感増す池田陽佑(智辯和歌山)の歩みを振り返る【前編】

投手人生の危機を乗り越えた高1の夏



春季和歌山県大会での池田陽佑(智辯和歌山)

 「ストライクが入らなくなってしまったんです…」

 1年春の和歌山大会でいきなりのベンチ入りを果たした池田。順調な高校野球生活のスタートを切ったかに思われたが、突如、深刻な制球難に陥ってしまい、目標にしていた夏の大会のベンチ入りは成らなかった。

 「投球フォームの乱れが発端だったとは思うのですが、ストライクが入らなくなったことで、どうしていいかわからなくなり、精神的にも余裕が全くなくなってしまって…。悪い結果が次の悪い結果を呼んでしまう悪循環に陥ってしまい、入学時に138キロをマークしたスピードもどんどん落ちて行って。もう、途方に暮れてしまいました」

 当時、コーチを務めていた中谷仁現監督に相談したところ、「バッピ(バッティングピッチャー)をやれ。6割くらいの力でいいから打撃練習でどんどん投げて、ストライクをとる感覚を体で思い出せ」というアドバイスを授かった。



池田陽佑(智辯和歌山)

「高1の夏の間、毎日のように200、300球を投げてました。最初はストライクが入らず、バッターの方には迷惑をかけっぱなしで、精神的にも苦しかったですが、体力的にきつい状況で投げ続けるうち、だんだんとストライクがとれるフォームに体が導いてくれる感覚になっていって。夏の終わりごろに力を入れて投げてみたら、きっちりストライクがとれるようになり、球速も138キロあたりまで戻って。あのままの状態で高校野球生活が現在まで続いていたらと思うとぞっとします。中谷監督には感謝してもしきれません」

 2年時には投手陣の一角として春、夏連続甲子園出場に貢献。2年秋よりエースナンバーを背負い、今春のセンバツ大会では2試合、13イニングを投げ、自責点はわずか1。奪三振は4にとどまったが、投球の安定感は申し分なく、ベスト8進出の原動力となった。

「中学まではプレートの三塁側を踏んで投げていたのですが、高校に入り、コントロールに苦しんだ時期に『アウトコースに投げやすくなるから』と中谷先生の助言を受け、プレートの踏む位置を一塁側に変更したんです。以来、2年秋まではずっと一塁側を踏んでいたのですが、アウトローをつく技術が上がったので、今年のセンバツから三塁側に戻したんです。同じアウトローでも横の角度を使える分、打たれにくくなった感覚があります」

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