頭脳+148キロを加えた高次元のピッチングで甲子園に導く! 鈴木寛人(霞ヶ浦)【後編】
今季2年目ながら一軍デビューを果たし、中継投手として活躍を見せる遠藤 淳志(広島)をプロへ送り出した霞ヶ浦。そこで今季、注目を浴びているのが鈴木 寛人投手だ。後編では、怪我を起こしてからの日々や練習の取り組み。そして、強豪相手に投げて得た収穫を語ってもらった。
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怪我の功名で球速が大幅アップ
鈴木寛人(霞ヶ浦)
だが、春を迎えた4月の練習試合で、バントをした時に右手の人差し指にボールが当たって負傷。医師からは挫滅と診断された。「肉が裂けて、爪がはがれてしまい、最初の一週間は痛みがひどくてボールを握ることもできませんでした。
ただ、ケガをしてプレーができない間も『自分ができることをしよう』と思っていました」と、練習試合ではボールボーイを務めながらイニング間にはポール間を走るなど、チームのために動きながら自身のトレーニングも怠らなかった。
こうした努力が実を結んだのか、2ヶ月のリハビリを経て6月に復帰すると、「中学時は130キロが出るか出ないか」だったストレートが140キロを突破。招待試合の明豊(大分)戦にも登板し、「当時の明豊には濱田(太貴、ヤクルト)選手がいたのですが2打席をノーヒットに抑えて自信になりました」と、3イニングを投げて無失点の好投を見せた。
しかし、その後は今ひとつ、調子の波に乗れなかった。2年夏は茨城大会の準決勝で土浦日大に敗戦。秋も準々決勝で藤代に敗れてしまった。
「夏は少し緊張してしまったところがあって、集中することができませんでした。土浦日大戦はリードされた7回にピンチの場面で登板したのですが、タイムリーを打たれてしまって先輩たちの夏を終わらせてしまい、とても悔しかったです。秋もしっくりと来ない状態が続いていて、変化球が思ったように決まらずに力んでしまいました」
夏から秋にかけての不調を「フォームがバラバラでまとまっていなかった」と見た鈴木投手は、この冬、基本からやり直した。「もう一度、『立ち』『うねり』『はがし』『受け』の動きを確認するために、クイックやセットも含めてかなり棒振りをやり、特にリリースを意識してシャドウピッチングを繰り返しました」
また、フォームに関しては他の様々な部分でも修正を行っている。「自分はヒジが伸びてアーム式になってしまう悪いクセがあるので、ヒジを曲げて上手く使い、体の近くを通して投げるように意識しています。それから、角度を活かせていなかったので、ピッチングで踏み出す時の歩幅を変えました。元々、7歩だったのを5歩半にしたら短すぎたので、今は6歩ちょっとで投げているのですが、打者が打ちづらくなったようでゴロが増えたように感じています」
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頭を使い考えた投球で相手を抑える夏
インタビューに答える鈴木寛人
今春は茨城大会の初戦で敗れたため、1イニングのみの登板となったが、その明秀日立戦では自己最速の148キロをマーク。さらに、変化球や投球術を向上させることに対しても余念がなく、「春季大会ではスライダーが引っ掛かってショートバウンドになっていたんです。それで、立ち投げの時に上体が突っ込まないように胸を起こして変化球を投げて精度を高めているところなんですが、ここに来て、変化球でもカウントが取れるようになってきました。
そして、高橋(祐二)監督に昨年の秋からずっと『頭を使って投げろ』と言われ続けていたのですが、最近になって『この場面なら、このボールを低めに集めてゴロを打たせよう』というように、考えて投げられるようになってきています」と話しており、横浜創学館(神奈川)との練習試合では7回を1失点に抑え「思った通りに投げられました。これまでのベストピッチです」と調子を上げている。
夏に向けて「ストレートはある程度の自信を持っているので、力まずに質の良い球を投げていきたい。そして、チームに必要な選手になって、勝利に貢献したいです」と抱負を語った鈴木投手。
実は同学年に福浦太陽というスピンの効いたストレートとキレの良いチェンジアップを持つ投手がいるため、これまで背番号1を付けた経験がないのだが、「福浦がいるからこそ自分もレベルアップできる。夏は背番号1を付けたいので負けていられません」とライバル意識を燃やしている。
背番号1を付けて、甲子園へ。2つの目標を掲げて、鈴木投手は最後の夏に挑む。
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文=大平 明