目次

[1]目立った実績のなかった中学時代
[2]ウエートトレーニングで打力開花

 自宅から学校までは徒歩10分ぐらい。志布志生まれ、志布志育ち。6年前、小学生だった頃、13年春に大隅半島初の甲子園出場の快挙を成し遂げた尚志館に魅せられ「地元から夏の甲子園」の夢を描く。秋はベスト16止まりだったが、春の鹿児島大会はエース、3番打者として活躍し、4強入りしてセンバツ出場以来となる6年ぶりの九州大会にも出場した。「夢のままで終わらせずに、現実にしたい」と最後の夏にかける思いを語っていた。

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目立った実績のなかった中学時代


 野球歴は安楽小2年のソフトボールから。幼いころから体を動かすことが好きで、スポーツをするとしたら学校の少年団にあったのはソフトボールとサッカーだったが前者を選択した。高校では甲子園出場を漠然と夢見てた。その頃の選択肢に尚志館はなかった。大隅半島には甲子園出場経験のある学校はなく、鹿児島で甲子園に出られる学校は鹿児島実か、樟南か、神村学園か、薩摩半島の学校に限られていた。

 その「常識」が覆ったのが6年前の春だ。秋の鹿児島大会で準優勝した尚志館が、九州大会で4強入り。翌年のセンバツに出場し、大隅半島の学校として初めて甲子園の土を踏んだ。地元大隅半島の中学校出身の選手だけで甲子園を勝ち取った尚志館の活躍は、過疎化に悩む半島全体に希望と活気を与えた。

 学校は近所でも、選手に顔見知りの「先輩」がいたわけではない。ただ「初戦で140キロぐらい投げる大和広陵の投手を打って勝ったことに感動した」。中学からはドリームリーグの志布志ホークスに入って硬式野球を始める。進学先は地元・尚志館と揺るがない目標になった。

 中学時代は3番、中堅手、もしくは投手。ただ目立った実績はなく、鹿児島実樟南などの強豪校から声のかかる選手ではなかった。投手よりは野手、打撃を得意としていたが「外角のワンバウンドになるボールを空振りばかりしていた」という。

 明らかなウイークポイントがある選手だったが、中学時代のプレーを見たことがある尚志館の西井田和明部長は「馬力のある選手」という印象は持っていた。鮎川隆憲監督は「経験を積ませることが大事」と考えた。外のワンバウンドになるボールは振らない。我慢して得意なコースに呼び込む…そういった駆け引きは数多くの実戦の中で身に着けるのが一番だ。1年秋から5番、外野手のレギュラーでメンバー入りし、下級生の頃から実戦の舞台を数多く経験することができた。