目次

[1]中学時代、小園、藤原から学んだもの
[2] 春夏連覇を達成して感じた先輩たちの凄さ

 6月17日から大阪桐蔭特集がスタート!17日連続で記事を掲載していきます。大阪大会夏3連覇を狙う大阪桐蔭の選手たち、OBたちを取材し、大阪桐蔭の魅力をたっぷり伝えていきます!

 大阪桐蔭の春夏連覇のメンバーとして甲子園を戦った宮本 涼太。高校通算12本塁打の強打の二塁手として評判の宮本は、小学校から名門・枚方ボーイズ「小学部」に所属し、全国を経験。枚方ボーイズ「中等部」でも主力選手として活躍し、高い実績を歩んできた。そして大阪桐蔭でも主力選手として活躍するために、強い決意を持って、ベンチ入りの座を掴んできた。

中学時代、小園、藤原から学んだもの


 小学校から名門の道を歩んできた。小学校1年4月から中学硬式の名門・「枚方ボーイズ」の小学部でプレーする。名門中の名門だが、当時の宮本はそんな意識はなかった。

「知らずに入部した形です。いざ入ってみたら、監督がけっこう怖い方でして(笑)小学校の時から根性は鍛えられていました」
 当時のポジションは投手と遊撃手。小学5年生にはAチームでレギュラーとして出場するようになり、さらには春の全国大会を経験。そして小学6年生になり、春夏と関西大会で優勝するなど、高い実績を残してきた。人生初めての全国大会は東京だった。

「バス移動で遠かったですけど、遠征自体は楽しかった思い出があります」
 そして小学校卒業後はそのまま枚方ボーイズの中等部へ入部する。入部すると、将来のドラ1が2人もいた。藤原 恭大大阪桐蔭-千葉ロッテ)と小園 海斗(報徳学園-広島カープ)がいた。

「藤原さんは初めて見た時はあまり分からなかったんですが、試合を観てけっこう凄い方だったので、目標にしていました。藤原さんも、小園さんも仲良くしてもらっていました」

 

 2人から学んだことは多かった。
「小園さんからは守備とバッティング、藤原さんは外野で左投げだったので守備面はあまり教わったことはないのですが、バッティング面や走塁面を少し教えてもらいました」
 小学校から全国を経験している宮本だが、下級生ではベンチ入りするのがやっと。最終学年では、レギュラーとして出場するが、先輩たちと違い、全国大会に出場することはなかった。

 それでも名門チームでレギュラーとして活躍してきた宮本の評価は高く、大阪桐蔭の誘いがあり、宮本は「ずっと行きたかったチーム」と大阪桐蔭進学を決断する。

 入学からいきなりセンバツ優勝した先輩たちと合流。坂之下 晴人選手(関西大)や泉口 友汰(青学大)もいて、
「いきなりセンバツ優勝を見て大阪桐蔭の入学は正解だと思いましたし、本当に先輩たちの守備力は高いと実感しました」

  レベルの高い上級生もあり、1年は夏も、秋もベンチ入りなし。1年秋の段階では、Aチームのノックに度々入るだけだった。そんな立ち位置だった宮本がなぜ2年春からベンチ入りするようになったのか。それは12月末の台湾遠征だった。

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