挫折を乗り越えて優勝の景色をもう一度味わう 藤田捺己(埼玉栄女子野球部)
女子高校野球の競技人口は年々増加しており、近年では女子野球部を創設する高校も増えてきている。そんな中で、平成9年に全国でも二番目に女子野球部を創設したのが、埼玉栄高校だ。
女子高校野球の草分け的な存在と言える埼玉栄女子野球部は、これまで春、夏合わせて12回の全国制覇の実績を誇り、OGにも、埼玉アストライアで活躍する磯崎由加里選手や、奥村奈未選手といった女子プロ野球選手も輩出している。
そんな埼玉栄女子野球部の今年の注目選手と言えば、U18強化プログラムの選抜メンバーに選ばれた藤田捺己選手だ。
今回は、そんな藤田選手にインタビューを行い、これまでの歩みやその素顔にも迫った。
福島から埼玉へ越境入学を果たす
笑顔を見せる藤田捺己選手(埼玉栄)
打撃練習では、95メートルのフェンスも越すほどの長打力を披露し、インタビューでも歯切れよく丁寧に質問に答えていく藤田選手。振る舞いからも、チームの中心選手であること伺わせる藤田選手であるが、その野球ルーツは小学校1年生から始まった。
「2歳年上の兄が野球をやっていて、その影響で私も小学校に入学してすぐに野球を始めました。中学校では、学校の野球部と女子軟式野球チームの「福島ピーチガールズ」所属して、掛け持ちで野球をやっていました」
福島ピーチガールズは、藤田選手の出身地である福島県で唯一の中学女子軟式野球チームであり、週末にグランドに集まって練習や試合を行っていた。そのため、平日は学校の野球部の練習に参加していたが、試合が重なった際にはクラブチームの試合を優先する形で実力を磨いてきた。
「掛け持ちだと毎日練習があるので、ずっと野球をしていられるのがとても楽しかったです。勉強もしなければいけませんでしたが、やっぱり野球をする方が楽しいですね」
バッティングう練習を行う藤田捺己選手(埼玉栄)
ピーチガールズではエースで4番を任され、中学校の野球部でも男子顔負けの打球を放っていた藤田選手。
そんな藤田選手が、進路選択の際に真っ先に頭に浮かべた高校が埼玉栄であった。藤田選手は埼玉栄を選んだ理由について、小学校時代から憧れを抱いていたことを明かす。
「小学生の時から、埼玉栄のユニフォームをすっと着たいと思っていました。当時から埼玉栄は強かったので、強いチームで野球をやりたいとずっと思っていました」
だが埼玉栄へ入学するとなると、親元を離れて寮生活を送ることとなる。越境入学には不安も付きまとうと思われるが、意外にも藤田選手には不安は無く、むしろ設備の整った環境で野球を行えることに胸を躍らせていたと語る。
「女子野球部だとグランドが小さかったり、他部活と併用で練習があまり出来ない高校も多いと思いますが、埼玉栄はグランド状況や設備が整っていたので、恵まれた環境で野球が出来るなと思っていました」
[page_break:高校で味わった初めての挫折]高校で味わった初めての挫折
素振りを行う藤田捺己選手(埼玉栄)
大きな希望を抱いて、名門・埼玉栄高校野球部へ入部を果たした藤田選手であったが、いざ入部すると初めは苦労の連続であった。
まず藤田選手が一番大変だったと振り返るのが、入学と同時に始まった寮生活だ。
「入部当初が一番大変でした。洗濯物も自分で洗わないといけませんし、朝も自分で起きなければいけません。
今まで親がやってくれていたことを、自分でやらないといけなかったので、親のありがたみもすごく感じました」
また野球の面でも、初めての挫折を味わった。
藤田選手は一年時から試合に出場し、夏には全国大会優勝に大きく貢献する活躍を見せたが、この後は怪我で思うような活躍ができなくなる。一年の夏の大会後には肘を、二年時には肩と肘の両方を痛めて、投手としてはマウンドに登ることができなくなったのだ。
「投げれない時期は本当に辛くて、自分でもどうしていいか分かりませんでした。このまま野球続けていいのか、それとも他の道に進んだ方が良いのかとも考えたのですが、野球するためにここへ来たので、もう一度頑張ってみようと思いました」
ネットを運ぶ藤田捺己選手(埼玉栄)
2年時にはU18強化プログラムの選抜メンバーにも選ばれ、側から見れば順風満帆にも思える藤田選手の高校野球生活であったが、その裏では人知れず苦労を重ねていたのだ。
藤田選手は、この二つの苦労を乗り越えたことで精神的にも強くなることができたと振り返る。
そんな藤田選手であるが、現在は夏の全国大会での優勝を目指して日々練習に取り組んでいる。
この春はチームのクリーンナップを任され、大きな期待を受けていたものの、練習通りの打撃が試合では出来ない点に課題を残した。
「春の大会では、自分だけ試合で打てていない状況がありました。今はコースに逆らわない打撃を心掛けていて、試合で打てるバッターになりたいと思っています」
夏の全国優勝に向けて大きな課題を突きつけられた藤田選手であるが、その表情には一切の迷いはない。
とにかく今は、思い切り野球に取り組めることを楽しんでいるように見える。
1年生の時に全国優勝を経験した藤田選手だが、以降は頂点の景色を見ることができていない。有終の美を飾るため、夏までの残り僅かな期間を藤田選手は駆け抜ける。
文=栗崎祐太朗