前U-15侍ジャパン監督・清水隆行氏が読売ジャイアンツ時代に実践し続けた「一流の習慣」vol.3
読売ジャイアンツと西武ライオンズで現役14年間プレー。1485試合に出場し、通算打率.289、最多安打のタイトルにベストナイン選出、チームの優勝に幾度も貢献した華々しい実績。清水隆行氏の現役時代を知る人なら、間違いなく「一流選手」と言うだろう。だがその裏にあった意外な気持ちと、それに伴う活躍の秘訣。もし悩みの沼にはまっている高校球児がいるとしたら、清水氏の言葉から救いのヒントが得られるかもしれない。
最終回となる今回は、プロ野球時代に見た「一流選手」の習慣や、昨年のU-15日本代表選手の活躍を振り返っていただいた。
◆前U-15侍ジャパン監督 清水隆行氏(元読売ジャイアンツ)インタビュー 「怖さ」は「強さ」になる vol.1
◆活躍するために持つべき3つの視点とは 前U-15侍ジャパン監督・清水隆行氏(元読売ジャイアンツ)vol.2
冷静で客観的な頭脳を保つために
ジャイアンツ時代の一流選手を振り返る清水隆行氏
ここまで「考え方を鍛える」方法を述べてきた。しかし、これを実践することは簡単ではない。人間には感情がある。野球という勝負ごとに真剣に取り組むほど、比例して喜怒哀楽も激しくなるのが自然だ。そんな状況下で常に頭を冷静に、クリアにしておくことは生半可なことではできない。
「感情を一定に保つというのは、やろうと思ってできることではありません。僕も若い頃は感情の起伏が激しく、とても見本となるような行動はとれていませんでした。でも、プロにはお手本となる存在がいましたので」
清水氏がお手本としたのは、ジャイアンツ時代、同じ外野手でレギュラーだった松井秀喜選手と高橋由伸選手。詳細は著書に譲るが、プレー面でもメンタル面でも、そして野球に向き合う姿勢の面においてもお手本になったという。
「自分が取り入れたのは同じことを続けること。調子がよかろうが悪かろうが、冷静だろうが興奮していようが、決めたことは必ずやる、と」
清水選手が決めていたのは――これは松井選手も高橋選手も同様だが――試合後にバットを振ることだった。
「ホームだったら東京ドームの室内練習場で、ビジターなら宿泊先のホテルのスイング場で、必ずバットを振ってました。時間の長短はあっても、振らない、という選択肢はなかった。単純なことですけど、経験を積むにつれ、とても大事なルーティーンだと思い知らされました。そう思わせてくれたのは松井秀喜の存在があったからです。彼はずっと振ってましたから」
例えば東京ドームで試合が終わったら、軽く着替えて水分や軽食をとったらそのまま室内練習場へ直行。そこで黙々とバットを振る。スイング時間は日によって変わる。すっきりしない場合は長くなることもある。
清水隆行氏
「でも僕が特別だったわけでなく、当時のジャイアンツの選手はみんなやってました。思い思いに室内練習場に来て、誰もしゃべらずバットの振る音だけが聞こえる時間が続く。みんな個々のリズムで、終わった選手から『お疲れ様です』『お先です』と言って出ていく。それが当たり前の環境であったことは、自分にとってとても幸運だったと思います」
この「試合後の素振り」は個々が試合の結果を振り返るたいせつな時間だったのではないか。また、毎試合後同じ行動を繰り返すことは、自分のメンタルをリセットし、翌日へフラットな状態で臨む状態を作り上げるルーティーンにもなる。
「当時のジャイアンツの外野手は、僕の他が松井秀喜と高橋由伸。大スターが2人いるわけです。ということは、新しい外野手が補強されたら競わされるのは僕になる。正直おもしろくない気持ちになった時もあります。
でも、そこで腐ったとしても心配してくれる人はいません。代わりはいくらでもいるわけで、腐っても損するのは自分だけ。であれば、自分がやるべきことをするしかない。試合に出る出ないは自分でコントロールできることではありません。コントロールできるのは結果を出せるように最善の準備をするだけ。そう考えられるようになってからは、周囲の声などに惑わされることもなくなりましたね」
選手も人間である以上、様々な気持ちが思考に入り込んでくる。そんな気持ちの波をある程度抑えることが、的確な考え方を持ち続けるには必要になってくる。とすると、何か自分なりのルーティーンを見つけ、平常心を保つ、もしくは平常心に戻る時間帯を設けることが有効だ。清水氏はさらりと言うが、プロの世界での周囲の声は想像以上に大きい。そんな外野の声に惑わされず、自分を保ち、考え続けることができたのは、お手本を見習いつつ見つけたルーティーンがあったからに他ならない。
[page_break:「なぜ」を突き詰め正解は自分で出す]「なぜ」を突き詰め正解は自分で出す
昨年のU-15日本代表選手を振り返る清水隆行氏
清水氏は2009年に現役引退後、ジャイアンツの打撃コーチを5年間つとめ、2017~2018年には侍ジャパンU-15の監督もつとめた。当時U-15日本代表だった選手たちの話になるとパッと顔が明るくなる。
「2018年の第4回WBSC U-15ワールドカップメンバーでいうと、花田旭くん(大阪桐蔭)はセンター、小畠一心くん(智辯学園)はライトだったのですが、具体的にどうこうではなく、雰囲気がいい身のこなしをするのが印象に残っています。
畔柳亨丞くん(中京大中京)は右のピッチャーで、チームの中では最もバランスがよく力的には一番上でした。同じピッチャーでは金井慎之介くん(横浜)も腕が長くておもしろい存在で。
池田陵真くん(大阪桐蔭)は中学野球界のスーパースターで知らない人はいないと聞いていましたし…、有名といえば鈴木唯斗くん(東邦)はドッジボール界のスーパースターと聞いてました。たしかにすごいボールを投げるんですよ(笑)。今はまだ中学3年生ですけど、福原聖矢くん(安仁屋ヤングスピリッツ)は足が速く野球頭がいい。自分で考えて右方向とかに打てるんです。今後が楽しみな選手ばかりですね」
U-15日本代表では、彼らが持続的に成長していくために、ここまで述べたような「考える野球」を伝えた。
「15歳時点ではまだ理解できていない子がほとんど。それは自分もそうでしたし、仕方がないことで。でも、15歳時点では日本代表でも今後高校、大学と成長していく上で、考える能力は必要になってきます。ですから考える習慣がついてほしいな、と」
もし今の自分が指導者として、浦和学院時代の自分に教えることがあるとすれば、やはり「考えて野球をしなさい」と伝えるという。
「これは野球に限ったことではありませんが、漠然としてではなく『なぜ』をいつも考えながら動くことで考える習慣をつけることがたいせつだと思います。当時の僕が聞き入れるかどうかは疑問ですけど(笑)。教える側としては、なぜそれをすべきなのか、目的までしっかり伝えたいと思いますね」
話を聞いていて印象的だったのは、「僕の場合は」「他の人はどうかはわからないですけど」という言葉を端々に挟み込んできたことだ。今回の取材記事は、主に高校球児が読むと予想して、自分が言っていることはヒントにはなっても、必ずしも正解ではないということを気にしての配慮だったのだろう。指導者としての気配りがそこには見えた。
そして気づいたことがもう一つ。清水氏は怖さを自覚し、それでも向き合う勇気を持つことでプロでの成功を収めた。ともすると、怖さと弱さは同義にされかねない。しかし、怖さを認めることは、決して弱さに直結するものではない。怖さに対して目を背け、逃げることが弱さであって、逆に怖さに対して真正面から向き合うことは強さになる。その点を自覚できれば、その先に清水氏が至った境地が見えてくるかもしれない。正解を導き出せるのは自分しかいない、と達観する境地に。
文=伊藤 亮
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