目次

[1]グラブと結ばれた赤い糸
[2]麻生氏の半生

[3]メジャーリーガーからの信頼

赤い糸


 ウイルソンが世界に誇る日本人マスタークラフトマン麻生茂明は、自身の人生について「自分はベースボールグラブと“赤い糸”で繋がっている」と表現した。

 イヴァン・ロドリゲス、バリー・ボンズ、グレッグ・マダックス、カート・シリング、ダスティン・ペドロイア、ホセ・アルトゥーベ…。名だたるメジャーリーガーが全幅の信頼を寄せてきた。初めてアメリカに渡ってから約35年、ウイルソン米国本社があるシカゴに生活の拠点を移して20年。その間、アメリカのリトルリーグからメジャーリーグまで、あらゆるカテゴリーのグラブを開発してきた。その功労が認められ、2007年にはNewsweek日本語版で「世界が尊敬する日本人100人」の一人に選ばれ、2014年には在外公館長賞の表彰も受けた。

 麻生氏はベースボールの本場アメリカで、どのようにして現在の地位を勝ち得たのか。それを知るためには運命によって繋がった「赤い糸」を紐解く必要がある。

麻生氏の半生



ウイルソンスタッフDUAL(左)とシングル(右)

 1999年以来、ウイルソン米国本社で勤務している麻生氏。浅黒い肌からは積極的に野球場へ赴いている姿勢が窺える。ふとシャツをまくってのぞかせた右腕には73歳とは思えない筋肉が。この腕が、世界一流のプレイヤーたちをうならせるグラブを開発してきた。

 そんな麻生氏にこれまでの半生を尋ねると、何と本格的な野球経験はなく、中学時代はバスケットボールをしていたという。取手二高(茨城)時代も、野球部には所属せず、同校のバスケットボール部の立ち上げメンバーだった。

 「茨城の取手で生まれ育って、高校を卒業すると同時に地元にも工場があったパシフィック・オーバーシーズという商社に就職したんです。その会社は、米国のウイルソン製品を日本で販売する代理店でした。最初は社長の運転手をしていたのですが、その後、大阪でテニスラケットやゴルフクラブをインスペクションワーク(検品)する部署へ異動になりました」

 インスペクションワークとは、完成品に不備がないかを検査する作業だ。非常に責任ある仕事だが、働きながら大学に通い始めたこともあり、忙しさのあまり仕事に本腰が入らなかったという。するとスポーツ用品部へ異動となり、主にウイルソン製のゴルフクラブを販売することになった。

 「その時、初めてお客さんと接する仕事をしました。大阪の百貨店が主な得意先だったんですが、注文を受けたらパター1本でも自分で届けました、秋の優勝セールでは率先して販売を手伝いました。お客さんに喜んでもらえる仕事をしたことで、次第に信頼して貰えるようになりました。その時“仕事とは周囲の人に喜んでもらうこと”だとわかったのです」
 今でも「思い出深い」と振り返る成功体験。これが後にアメリカでの活躍に繋がっていく。

 その後関西大学を卒業した麻生氏は東京へ戻り、ウイルソン社と契約するアジア工場の検品を行う役割を任された。そこで主にベースボールグラブを見ることに。
「革製品全般を幅広く担当していたいたのですが、とくにベースボールグラブがおもしろくて。なにしろ奥が深い。レザーの種類や型のパターンをわずかに変えただけで、最終製品に大きな変化が生まれますから」

 しかしできあがった製品を最終検品するだけではおもしろくない。自分も。そして工場の人たちも。
 「最終製品をチェックして、不良品を見つけても直すのが大変ですよね。ですから工場の人たちも僕の存在を煙たがる。大阪で人に喜ばれる体験をしていたので、今度は工場の人たちにも喜んでもらいたい。そこで、最終製品ではなく、製造工程からチェックするようにしました」

 完成する前の段階から問題を指摘すれば、完成品を直すより手間が省ける。事前に細かくチェックしているので完成品の不良率も大幅に下がる。麻生氏のアイディアで作業は効率化し、工場の人たちに喜んでもらえるようになった。そして思わぬ副産物も。
 「生産工程全体を見て回るうちに、グラブができるまでの流れや必要な技術、作業内容を学ぶことができました。さらに、原材料や型を勉強したことで工場に対して提案ができるようになりました」

 この時に蓄積したグラブ作りの知識とノウハウが、現在の麻生氏の土台となっている。

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