目次
[1]手首を立てるリリースでコントロールが改善!
[2]硬式球にアジャストしてから秋はエースとして快投!

 好投手が多く揃う明豊の中で完成度の高さではナンバーワンと評価されるのが新2年左腕・若杉 晟汰だ。最速138キロのストレートだが、回転数が高く、なんといっても持ち味はコントロール。47.1回を投げ、18四死球、51奪三振と投球成績が優れており、欠点が少ない好投手だ。そんな若杉の制球力の秘密に秘密に迫ると、繊細な感覚を大事にしている投手だった。

手首を立てるリリースでコントロールが改善!


 若杉は最初からコントロールが良かったわけではない。むしろ明豊中に通ってい3年生の春までコントロールに苦しんでいた投手だった。小学校1年生から野球をはじめ、小学校4年生から投手人生をスタートさせた若杉。なかなかコントロールが良くならず、悩み続けた若杉だが、中学3年生の時、転機が訪れる。

 レベルアップを目指し、プロ野球投手の動画を見てあることに気づいた

 「プロ野球の投手はリリースする時、手首が立っているんですよね。僕の場合、手首が寝たリリースになっていたので、押し出す感じになっていました。そのため押し出すのではなく、ボールをつぶすイメージで投げるようになったら手首が立つリリースになり、コントロールも、スピードも出てきました」

 このリリースに気づいてから、1試合3,4つほどだった四球が1、2つに減った。またスピードアップのきっかけは3年春の全国大会だった。



手首の位置を披露する

 「スピードガン表示が出る球場で投げたんですけど、123キロだったんです。悔しくて悔しくて。それは自宅周辺の場所で下半身強化しました。走るときは『135!』と叫んで走っていました」

 明豊に進むきっかけとして、兄で明豊でプレーしていた若杉雅己の影響があった。

 「県外の強豪校に行くか悩んでいた時期はありましたが、大分から甲子園に行きたい思いと、兄とバッテリーを組んで公式戦で投げたい夢があり、明豊に進むことを決めました」

 こうして明豊に進むことが決まった若杉。1年夏ではベンチ入りが兄とバッテリーを組むことができずに終わる。ベンチ入りができなかった理由として、硬式球にアジャストできなかったことが挙げられる。

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