目次

[1]「練習試合と夏の大会では違う」1年生で夏の怖さを痛感
[2]雪辱を期すも2年夏に再び苦杯を苦汁を飲まされる

 1年時から攻守の要となる4番・キャッチャーのポジションを任されている岩倉(東京)の荻野 魁也選手(2年)。昨秋には新チーム結成と共に主将も務めることとなり、東京大会ではチームのベスト8進出に貢献した。そんな中心選手として活躍している荻野選手に、これまでの成長の軌跡を伺ってきた。

「練習試合と夏の大会では違う」1年生で夏の怖さを痛感


 小学校2年から東京日野リトルで野球を始めた荻野選手。捕手にコンバートされたのは松が谷ジャガーズに移った小5からで「キャッチャーはやりがいを感じる好きなポジション。サインを出して、自分が投げさせたいボールと、ピッチャーが投げたいボールが一致した時はうれしい」と話す。
 その後、中学時代は町田シニアでプレーし、高校は「甲子園で優勝したことがあることくらいしか知らなかった」が、周囲の勧めもあって岩倉に進学した。

 入部直後は高校生の体の大きさとスピードの違いに驚いたというが、「元々、速球は苦手じゃなかった」と練習をこなしていくなかで頭角を現すことに。
 「考えるよりも、とにかく強く振ることだけを心掛けたら、中学の時よりもボールが飛んだし打率も上がった」と、中学3年時は主に7番を打っていたにも関わらず打撃が急激に伸び、7月の夏の東東京大会が始まる頃には背番号2を与えられ打順も4番の重責を担うこととなった。

 しかし、チームは初戦敗退(2回戦)。荻野選手は1安打を放ったが、「初回のランナー二塁のチャンスを凡退でつぶしてしまい、守備面でも配球面で課題が残りました。そして、自分としては普段通りにプレーしていたつもりでしたが、試合後に周りから『緊張していたよ』と言われて、『やっぱり練習試合と夏の大会では違うんだな』と感じました」と悔いを残す結果となった。