目次

[1]高校レベルに対応するためにまずは打撃強化
[2]桐生第一戦のバックホームはただがむしゃらに投げたい気持ちだけだった

 生まれながら人々に愛される選手というのがいる。10年ぶりに選抜出場の可能性が高い習志野根本 翔吾だ。168センチ65キロと小柄ながら走攻守三拍子揃った外野手としてチームをけん引した根本。笑顔の時と真剣な表情のギャップの激しさに惹かれる高校野球ファンが非常に多い。取材を進めると、愛される選手というのがよく理解できた。

高校レベルに対応するためにまずは打撃強化


 根本の活躍でまずクローズアップされるのが、昨秋の関東大会1回戦桐生第一戦だ。延長13回裏、一死満塁の場面でセンターの根本のもとへ打球が飛んだ。三塁走者が還ってしまえばサヨナラという場面で、根本は大遠投。キャッチャーのミットにダイレクトで収まりタッチアウト。球場が一気に沸き、ナインとグラブタッチしながら満面の笑顔でベンチに戻る根本。あのプレーで根本のことを覚えた方も多いはずだ。

 習志野の小林徹監督は「あの子は普段から明るい子ですし、純粋なので、周りから応援してもらえる人間性を持った子だと思います。たまたまといっても、ああいうプレーができる準備は普段の練習からきちんとしています。だから運を呼び込みますし、彼はなんといっても人からパワーをもらえる人柄。そういう選手だと思います」と、根本の勝負強さは人柄から来るものだと称する。

 実際に見てもプレーするときは全力疾走。ベンチにいるときは大きな声を出してチームメイトを鼓舞して、喜ぶときは大きく喜ぶ。取材となれば、礼儀正しくて爽やかで、童顔と。愛される要素しかない。

 その根本のこれまでの歩みを知ると、努力を重ねながらここまで昇りつめたことがわかる。小学校1年生から野球を始めた根本は豊住ヤンガーズに所属。左投げながら人数も少ないこともあり、投手と捕手を兼ねていたという。卒業後は名門・佐倉シニアに入部。ハイレベルな先輩、同期に揉まれながら、自分は足が武器だと印象付け、2年生で外野手のレギュラーを獲得し、3年生ではセンターとなった。習志野に進むきっかけはシニア・高校の先輩・加藤 駿(東京情報大)の存在があった。

 「佐倉シニアから数々の先輩が習志野高校に入っていて活躍されている選手がいて、自分の憧れていた加藤選手が習志野高校に行って活躍をしていたので、同じ道に進みたいと思いました」
 こうして習志野の門をたたいた根本。中学で全国大会を経験した根本でも最初はレベルの高さを感じていたが、1年秋にレギュラーを獲得。しかし準決勝中央学院に敗退。エース・大谷 拓海を打ち崩せなかった。

 「今まで簡単に打てていたのですが、高校生のボールは本当に球威があってなかなか打てませんでした。冬の間は打撃が当面の課題となりました」
 冬場はウエイトトレーニングで体を鍛えたが、「振っていかないと振る力は身に付きません」と数を重ねて振り込んだ。そして春は関東大会ベスト8まで勝ち進み、根本自身、「打球は飛距離も出るようになって少し成長は感じました」と手ごたえを感じていた。