第870回 上原 忠(沖縄水産)という野球人の生き方【前編】~具体的な目標を立て行動した学生時代~2019年01月10日

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【目次】
[1]栽弘義との出会い
[2]夢からゴールするまでの過程を逆算する

夢からゴールするまでの過程を逆算する



インタビューに答える上原 忠監督

 目標が明確になった上原は、中学に入ると早速行動に移す。

 「高校野球の監督になるにはどうしたらいいのだろうと逆算して。そうすると教員資格を取らないといけない、そのためには大学に行かないといけない、そのためには勉強して学力を付けないといけない。中学校でもう頑張っていかないと、監督になれないと思って」

 この考え方は、数々の一流選手とも共通するポイントだ。大谷 翔平は、高校時代に目標達成シートを作成した。目標は「ドラフト1位で8球団に指名される」。大谷は、目標を8つの要素に落とし込み、さらに各要素での具体的な行動を書いたシートを作成した。

 イチローも小学校の文集で 「ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなければなりません…」 とプロになるという目標と、更に何をすべきかの行動目標も残している。

 上原もまた、中学にして指導者になるための具体的な行動目標をたて、実行していったのが分かる。

 「中学1年生の頃から、勉強にスポーツに野球をやりながら、糸満高校へ入学。糸満高校に入学した後も勉強を続けましたが、貧乏だったので国立しか入れなかった。なので、当時国立大学で体育の資格がとれるのが琉球大学だったということもあり、琉球大学に進学しました。」

 こうして上原は、中学時代の行動目標の一つ、教員免許取得をまず達成したのである。

 前編はここまで。後編では、上原監督が教員免許を取得してから沖縄水産の監督に就任されるまでの経緯を振り返ってもらいました。後編もお楽しみに!

文=田中 実

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プロフィール

上原 忠監督(沖縄水産)
上原 忠監督(沖縄水産)
  •  糸満高校を卒業後、琉球大学に進学し体育科の教員免許を取得。中学校を2校周り、中部商に赴任。
     部長として3年間務めたのち監督に就任すると、1年目で甲子園出場を果たすなどの実績を残す。その後は母校・糸満高校でも監督を務め、現在に至る。
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