第863回 重圧の中でも投げ勝つ!最速145キロ右腕・遠藤慎也(京都翔英)が強豪相手に見つけた収穫と課題【前編】2019年01月05日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]恩師の「ウチで甲子園を目指してみないか」の一言が決め手
[2]大阪桐蔭を前に格の違いを見せつけられる

 最速145㎞のストレートを投げる本格派右腕の遠藤 慎也。中学時代は決して目立つような投手ではなかったが、京都翔英入学後に急成長。京都でも屈指の好投手として名を馳せるようになった。遠藤が京都翔英で成長した要因とはいったい何なのか。彼のこれまでの野球人生を振り返ってもらいながらその真相に迫る。

恩師の「ウチで甲子園を目指してみないか」の一言が決め手



遠藤 慎也

―― 野球を始めたきっかけは何ですか?

遠藤慎也(以下、遠藤) 父がずっと野球をやっていた影響が大きいと思います。物心ついた時から父の草野球に連れて行ってもらったり、プロ野球を観に連れてもらったり毎日が野球の生活だったので、それがきっかけだったと思います。地元が愛知県なのでナゴヤドームの中日戦をよく観に行っていました。

―― 投手はいつから始めましたか?

遠藤 元々はショートだったのですが、小学校5年生の時にピッチャーをやっていた子のコントロールが荒れてしまいました。その代わりに投げたら案外、抑えられたので、それから「ピッチャーやったらどう?」と言われて始めました。

―― 元から肩には自信はあったのでしょうか?

遠藤 周りよりは少し強かったと思います。家ではずっとチューブトレーニングをやっていました。

―― 中学はどのチームでやっていましたか?

遠藤 尾張ボーイズです。そこではずっとピッチャーをやっていました。ほとんどの大会が1回戦負けだったので、そこまでのレベルではなかったと思います。当時の球速は130㎞も出ていなくて、120㎞台後半でした。

―― 京都翔英に進んだ理由を教えてください

遠藤 中学2年生の秋頃だったと思うんですけど、浅井(敬由元監督)先生から声をかけられて、京都翔英の名前を初めて耳にしました。行きたかった高校のセレクションに落ちてどうしようとなった時も浅井先生は気にかけて下さっていました。京都翔英に入ろうと思ったのは浅井先生がきっかけです。 

―― 浅井先生からはどんな風に誘われたんですか?

遠藤 「ウチで甲子園を目指してみないか」という一言でした。3年生の8月には京都翔英に行くと決めていたので、浅井先生が亡くなられても迷いはなかったです。

【次のページ】 大阪桐蔭を前に格の違いを見せつけられる

この記事についてTwitterでつぶやく この記事についてFacebbokに投稿する

プロフィール

クリス・テイラー
遠藤 慎也(えんどう・しんや)
  • ポジション:投手
  • タイプ:右投右打
  • 京都翔英
【関連記事】
第882回 京都国際を初の近畿大会へ導いた上野響平が夏の準決勝敗退から得たもの【前編】 【2019年インタビュー】
第529回 一戦必勝が導いた優勝!甲子園で勝つためにさらなる高みへ!【バッテリー座談会 後編】【野球部訪問】
第864回 何としても甲子園へ!最速145キロ右腕・遠藤慎也が目指す、周りから信頼されるエースに!【後編】 【2019年インタビュー】
第17回 祝3万人突破!年始に見てきたい注目動画を一挙紹介!【高校野球ドットコム 人気記事ランキング】
第76回 大阪桐蔭が春夏連覇!金足農の躍進!課題が残ったアジア大会!2018年高校野球を振り返る!【下半期】【高校野球コラム】
第74回 ドットコム編集部が選ぶ!2018年高校野球10大ニュース【高校野球コラム】
第75回 大阪桐蔭が選抜優勝!2018年高校野球を振り返る!【上半期】【高校野球コラム】
第825回 これも必要な過程!平安のスター候補生・奥村真大(龍谷大平安)が味わった苦い経験 【2018年インタビュー】
第791回 満を持して訪れたプロの機会 目標は即戦力左腕!!平尾奎太(大阪桐蔭出身-Honda鈴鹿)vol.3 【2018年インタビュー】
第790回 諦めずにつかんだエースの座 平尾奎太(大阪桐蔭出身-Honda鈴鹿)vol.2 【2018年インタビュー】
遠藤 慎也(京都翔英) 【選手名鑑】
藤原 恭大(大阪桐蔭) 【選手名鑑】
京都外大西 【高校別データ】
京都翔英 【高校別データ】
塔南 【高校別データ】
龍谷大平安 【高校別データ】
インタビュートップに戻る サイトトップに戻る

インタビュー