目次

[1]高速テンポ投球で打者を幻惑
[2]中学2年から始まった技巧派右腕への道

中学2年から始まった技巧派右腕への道



無安打が途切れ、仲間に声をかけられる太田流星(札幌大谷)

筑陽学園の打者を手玉に取った太田。2回裏、太田はチームメイトに冗談で、「俺、ノーヒットノーランいけるかも」と話したが、だんだん冗談でなくなってきた。気づいたら無安打無失点のまま9回裏に突入した。大偉業まであと3人。

しかし、先頭の2番・福島 悠介に右前安打を打たれて、大記録は途絶えた。初安打の後、マウンドに集まり、仲間にこう声をかけられた。
「世の中、そう甘くないなと(笑)」
その後、2失点をしたが、後続を抑え、完投勝利。初出場で、初の決勝進出の立役者となった。


勝利の瞬間、喜ぶ太田流星(札幌大谷)

 試合後、大勢の報道陣に囲まれ、一躍、シンデレラボーイとなった太田。そんな太田の投手人生の本格的なスタートは、中学2年生からだ。札幌大谷中野球部では、投手志望だったが、なんと同級生には投手が20人もいた。最初は外野手だったが、中学2年の時、投手転向を直訴。最初は今より腕の位置が高いサイドスローだった。自分が生き残るために、牧田和久(パドレス)のピッチングを見て、テンポを速くしたり、投球術を学んだり、打ちにくさを求めて腕の位置を下げた。太田はここまで投手人生を振り返って、こう語る。
「外野手よりも投手のほうができると思って。もし決断しなければ、中学で野球が終わっていたかもしれません」
どうすれば打ち取れるのか、生き残れるのかを追求した結果、他の投手にはない絶対的な武器を身につけたのだ。

初の決勝戦へ。相手は横綱・星稜だ。太田は決勝戦へ向けての意気込みとしてこう語った。
「目の前の打者を1人ずつ打ち取っていきたいと思います」

 魅惑の技巧派右腕は決勝戦でも躍動するのか。全道大会のような投打に渡る活躍を見せていきたい。

取材=河嶋 宗一