第780回 戦国東都で最優秀防御率獲得!帝京高で学んだ高校時代 清水昇(国学院大)【前編】2018年10月19日

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【目次】
[1]帝京で学んだ3年間
[2]力の抜き方を学び成長した


 最速151キロのストレートと多彩な変化球を駆使し、東都大学野球リーグを代表するピッチャーへと成長した清水 昇投手(国学院大)。ストレートの球質やコントロールなど、現在の高い完成度をいかにして作り上げてきたのか、高校時代を振り返りながら話していただいた。

帝京で学んだ3年間


インタビューに答える清水昇(国学院大)

 高校野球の名門・帝京高(東京)で3年間を過ごした清水投手。
 「中学生の頃、帝京は強豪のイメージが強かったので『自分の実力では厳しいかな』と感じていたのですが、練習を見学させてもらった時に前田(三夫)監督から出身地を聞かれて『東京です』と答えたんです。そうしたら『親孝行をするためにも東京出身なら東京の高校で甲子園を目指せ』と言われて入部することを決めました」

 帝京では多くのことを学んだ。
 「前田監督から一球の重みについてよく注意されていたのですが、最初の頃はきちんと理解できていなくて、勝負どころで甘く入った球を打たれてしまい怒鳴られたこともあります。でも、そうやって悔しい思いをしていくうちに、すべてのボールがただの100分の1球じゃないことが分かって、練習から特に1球目を集中して投げるようになりました。」


帝京高校時代の清水昇

 また、チームメートの意識の高さに刺激を受けた。
 「帝京では選手同士でお互いを指摘し合うことが多くて、ミーティングでも監督やコーチよりも選手が発言していることの方が多いくらいでした。試合後も帰りのバスの中や部室で自然と反省会が始まって、よく話し合いをしていましたね。そういう選手が揃っていて、勝ちたいという思いも強かったので普段の練習から密度が濃く、気が付いたら『もう、こんな時間か』と思うことが多かったです。」

 そんななかで、最も印象に残っている練習はタイヤを使ったトレーニングだという。
 「冬のトレーニングで、トラックの大きなタイヤをヒモで腰にくくりつけてダッシュをするのですが、1年生の頃はフラフラになっていて、自分よりも体の小さい先輩方が最後まで走りきる姿を見ては『すごいな』と感じていました。でも、自分も3年生になった時はしっかりと走ることができたので、体力が付いてきたことを実感できました。」

 ただ、目標としていた甲子園出場はならず。プロ志望届も提出することなく、東都大学野球リーグの国学院大学へ進学することとなった。

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プロフィール

辰巳涼介
清水 昇(しみず・のぼる)
  • ポジション:投手
  • 身長:180センチ81キロ
  • タイプ:右投右打
  • 帝京-国学院大
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