第744回 楽しさと辛さの両方を味わいながら甲子園準優勝! MIZUNO 田林正行さんが語る高校野球への想い【後編】2018年08月19日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]最後の1年、やっとの思いで決め球のスライダーを習得
[2]3年間は苦しかったけど、やってきてよかった
[3]高校野球の3年間は大きな財産

 前編では高校野球界の超名門・智辯和歌山に入学した当初の印象やサイドスロー転換へのきっかけを、ミズノ株式会社のグローバルフットウェアプロダクト本部・クリーツ企画課で勤務する、田林正行さんに迫った。
 後編の今回は、甲子園での経験や高校野球3年間が活きていること。そして最後に仕事の醍醐味や今を頑張る球児たちにメッセージを伺いました。

最後の1年、やっとの思いで決め球のスライダーを習得


グローバルフットウェアプロダクト本部・クリーツ企画課所属 田林正行さん

 ―― 田林さんの2年生を振り返ると、いきなり夏の初戦敗退と苦しい時期を味わいました。

田林正行(以下、田林): 入学して、3年生は5年間、甲子園に出てて、春は準優勝して、夏は優勝してって感じでしたから。僕たちは春も出れない、夏も出れない。和歌山の開会式直後の第一試合でいきなり負けたんです。頂点までいってから下まで落ちて、ぼくらはスタートしたわけですからしんどかったですね。

 ――新チームがスタートして3学年の中で力量的に比較すると、田林さんの代はどうだったんですか?

田林: 僕らは「あかんたれ軍団」という名前を高嶋監督からつけられて、全然使いものになりませんでした。だから見返してやろうと。

 ――その思いが、夏の甲子園準優勝につながったんですね。

田林: それはありますね。甲子園に行く楽しさも知って、プレイはしてないですけど、行けなかった苦しさも味わって、どちらがいいといったら明らかじゃないですか?そこに行くには何をするかですね。

 ――では、勝てる投手になるために田林さんが取り組んだことは何でしょうか。

田林: 変化球の習得ですね。当時のストレートは120キロ台でしたから、全然速くないので、コントロールが大事となります。
 変化球も大事なんですけど、自分はあまり変化球を投げれなかったんです。やっと投げられるようになったのは、3年生6月くらいで、夏の大会が始まる前に自分にとって決め球となる変化球を身に付けました。

 ――どんな球なんですか?

田林: 単純なスライダーなんですけどね。いろんな握り方で、ひねり方とか、角度とか、いろんなことを試していって、ある日突然、むちゃくちゃ曲がるものが生まれたんです。それを武器に和歌山大会を投げました。

 ――そのスライダーをどういう感覚で投げたんですか?

田林: ドアのノブを開けるイメージですね。ドアのノブを開けるとき、手首を捻りますよね?僕の場合、普通に投げてたら曲がらなかったので、そのイメージで捻ってみました。スライダーの握り方とかいろいろあると思いますが、全然だめで。いろんなことを考えた結果がこの握りだったんです。このスライダーを習得して、投球の幅が一気に広がって、今まで投げていたストレートも生きてきました。

 ――どううまくなるか考えた結果が、投手としてのレベルアップにつながったんですね。ここまで投手としての取り組みについて聞きましたが、メンタリティの部分ではどういうことにこだわりましたか?

田林: 何が何でも甲子園に行く気持ちです。みんなの目標はもちろん甲子園で勝つことでした。甲子園に行くことじゃなくて、甲子園で勝つことが目標で、そこまで行くために、そのために僕ら高校に入ったようなものですから。何が何でも行くという気持ちでやってました。そして背番号も和歌山大会では背番号10でしたが、甲子園では背番号1に変わっていました。

打撃に特化したスパイク、ミズノプロPSとは?
ミズノ ミズノプロPS
  初めて金具スパイクを使う人おすすめの柔らかいスパイク、プライムバディ―とは?
ミズノ プライムバディ―

【次のページ】 3年間は苦しかったけど、やってきてよかった

この記事についてTwitterでつぶやく この記事についてFacebbokに投稿する
【関連記事】
第183回 今年は内野手豊作年!ポジション別に指名候補を紹介!【高校生野手編】【ドラフト特集】
第799回 大阪2強など強豪校が勢ぞろい!激戦の近畿大会を勝ち抜くのは?【大会展望・総括コラム】
第774回 秋季和歌山大会を徹底展望、高嶋監督勇退の智辯和歌山が本命か【大会展望・総括コラム】
伝統を守りつつ時代とともに進化する、智辯和歌山に導入された野球ノートの中身とは?【現地記者の高校野球取材ノート】
第28回 山川穂高が沖縄で怪物の片りんを見せていた時代、甲子園には菊池雄星がいた【高校野球ヒストリー】
第747回 松坂世代の甲子園ベスト4の先輩球児が語る、当時の経験が活きること 山瀬正明(豊田大谷出身) 【2018年インタビュー】
第746回 早実の3年間は社会で生きる力を身に付けてくれた 及川龍之介さん(早稲田実業出身)【後編】 【2018年インタビュー】
第745回 記録員として斎藤佑樹とともに甲子園優勝 及川龍之介さん(早稲田実業出身)が語る"過酷な下級生時代"【前編】 【2018年インタビュー】
第743回 無名球児から夏の甲子園準優勝投手へ! MIZUNO 田林正行さん(智辯和歌山出身)はいかにしてエースになったのか【前編】 【2018年インタビュー】
第733回 選抜連覇のPL学園を破るために取り組んだ練習の日々 MIZUNO 斎藤真一部長 (大阪・春日丘出身)VOL.1 【2018年インタビュー】
智辯和歌山 【高校別データ】
インタビュートップに戻る サイトトップに戻る

インタビュー