目次

[1] どんな時でも前向きに
[2] 日本での活躍は意識の持ち方を変えたことが一番の要因
[3] 大事なのはうまくなりたい気持ちを持ち続けること

 野球の華といえばホームラン。打球がスタンドに吸い込まれた瞬間、球場の時間はアーチを放った打者だけのために流れる。来日以来、そんなぜいたくな時間を3年連続で30回以上も味わい、記録にも記憶にも残るアーチを描き続けているのが、日本ハムのブランドン・レアード内野手(30)だ。メジャーでは3シーズンでわずか6本塁打だったレアードが、日本でアーチストとしての本能を開花させた理由は、究極のポジティブ思考にあった。

どんな時でも前向きに

 いまや全国区になったホームランパフォーマンスの“スシポーズ”。この陽気な助っ人が、球場でスシを握れば握るほどチームは盛り上がり、スタンドは沸き返る。打率は決して高いというわけではないが、ここ一番では必ず飛び出す一発が、レアードの最大の魅力といえる。「アメリカではシーズン30本なんて打ったことなかったから、日本に来てこれだけ打てているということには達成感があるよ。まあ、メジャーでも500打席もらえれば、30本は打てていたけどね」と、茶目っ気たっぷりに話すレアードは、ポジティブオーラに包まれていた。

 

 どんな時でも前向きな姿勢は変わらない。バットを振れば打球が勝手に飛んでいくような好調時も、スランプにあえいでいる時でも、常に笑顔は絶やさない。「試合に出る時には、いつも一番活躍できるプレーヤーでありたいと思って臨んでいるんだ。これはアマチュア時代からずっと変わっていない。毎日が勉強だし、さらに良い打者になるために、何事にも積極的に取り組むように心掛けているね」というのが自らの信条だ。

 

 07年のドラフト27巡目でヤンキースに指名され、ルーキーリーグからプロ野球選手としてのキャリアは始まった。コツコツと実績を積み上げ、10年には2Aで打率・291、23本塁打、90打点をマークし、イースタンリーグのMVPと新人賞を獲得。翌11年7月にメジャー昇格した。

 「自分はマイナーにいた頃から打撃が持ち味だと思っていたし、メジャーでも活躍できる素質を持っていると信じていた。とにかく“メジャーでの打席が欲しい”“チャンスが欲しい”と思いながらプレーしていたんだ」と、当時を振り返った。

 メジャーデビュー戦では、いきなり初安打初打点をマークするなど、勝負強さの片鱗はこの頃から見せていた。その後アストロズ-ロイヤルズ-ナショナルズを経て、15年から日本ハムの一員に。来日当初は日本の配球に苦しみ、打率は1割台に低迷していたが、夏場に入ると徐々に本領を発揮し始める。後半戦では持ち前の長打力と勝負強さが頭角を現し、終わってみれば34本塁打、97打点という成績を残してみせた。

 「最初の半シーズンは、打者有利のカウントでも変化球を投げてくる投手がいるということに驚いた。それで不振に陥ってしまったけど、その間に学んだことは忍耐強くあること。そのことによって変化球への対応が、アメリカ時代より一段と向上して、いい打者になれたんじゃないかと思う」と、自分を信じ続けることで、日本の野球へも順応していった。

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