目次

[1]憧れと強い意志で飛び込んだ高校野球
[2]引き寄せて内側を叩き続けた通算46本
[3]内側を叩くことこそが逆方向への極意

 今年の高校野球は岐阜県出身の球児がリードしている。その先頭を行くのが大阪桐蔭根尾 昂(飛騨高山ボーイズ)だろう。

 他には、二季連続で甲子園に出場した日本航空石川の145キロ右腕・大橋 修人(岐阜中央ボーイズ)、木更津総合野尻 幸輝(関ボーイズ)と全国で活躍する逸材が実に多い。そして地元・岐阜でも全国クラスの逸材がいる。それが市立岐阜商中神 拓都だ。

 長森南中時代は、中学軟式野球クラブ・岐阜フェニックスに所属し、名門・市立岐阜商の門を叩いた中神は、自慢のバッティングを評価され、1年生からからスタメンで出場。現在は主将を務めている。打撃では通算46本塁打、投げては最速146キロ、守備でも強肩を生かした守備と三拍子で高いパフォーマンスを発揮し、プロのスカウトから大きく注目されている。

 そんな中神はこの2年間、どんな思いで過ごしてきたのか。高い探究心からトップレベルの選手になった過程を描いた。

憧れと強い意志で飛び込んだ高校野球


練習中に人一倍大きな声でチームを鼓舞する中神拓都(市立岐阜商)

 中神の周りには、県外の強豪に進学している人が多かった。だからこそ、自分も県外で高いレベルの中でプレーしたいと考えた時期もあった。それでも、市立岐阜商に決めたのには、理由があった。
「中学くらいまで市立岐阜商の試合を見ていたということもありますが、地元の強い公立校で甲子園を目指したい」と思ったことが入学のきっかけとなった。

 そして入学して間もなく、中神は実戦デビューを果たす。当時のことを振り返えると、「緊張しました」と語るものの、それ以上に強い覚悟を覗かせた。「1年生からレギュラーを奪うつもりでいたので、自分のプレーを周りの人たちに見せる」つもりで試合に出場していたそうだ。1年生でスタメンの座を奪うと口で言うのは簡単だ。しかし中神は春から活躍し続け、1年の夏にはショートのスタメンとして大会に出場している。この固い意志があったからこそ、成し遂げた結果だろう。

 そして高校野球に飛び込んで3ヵ月、中神は初めての夏を迎える。美濃加茂戦ではホームランを放つなど、1年生ながら素晴らしい活躍を見せた。しかし準決勝で大垣日大に敗退。ここで、中神はレベルの違いを痛感した。「高校野球に飛び込んだ時は選手の動きなど、何もかも速くて驚きました。ですが、準決勝辺りで対戦するピッチャーの変化球など、チームそのもののレベルの高さはまた別次元でした」。

 甲子園に進むには、乗り越えるべき高い壁があることを感じた中神。その課題を胸に練習に励み続けた。しかし、2年夏も準決勝で大垣日大に敗退。またも甲子園にあと一歩届かなかった。

 そして新チームがスタートし主将となった中神だが、やはり最初は苦労もあった。「1・2年生の時はスタメンで試合に出ていましたが、チームをまとめる意識はなかったです。ですが、いざやると難しい」。

 しかし、主将を務めたことで大きなプラスがもたらされた。
「自分の結果ではなく、チームの結果を重視するようになりました。そのおかげで少し気楽になったというか、リラックスしてプレーするようになりました」。これにより、プレーの質が向上した。

 秋田和哉監督も、「中神のポテンシャルは高いが、どうも自分がやってやるんだ、と考えやすい選手。だからこそ、チームに貢献できるように動ける選手になってもらいたい」と考えていた。中神はその意図を少しずつ理解し、自身の成長に繋げている。

 その成長を特に感じるのが、バッティングであった。


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