第670回 島田 直哉(龍谷大平安)甲子園100勝目へ向けたエースの成長と決意2018年04月05日

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【目次】
[1]島田直哉が龍谷大平安を選んだ理由
[2]甲子園100勝目へ向けたエースの成長と決意


 甲子園出場回数全国最多の73回を誇る龍谷大平安。そのチームでエースを務めるのが最速148㎞の速球を武器とする本格派右腕の島田 直哉だ。これまでに甲子園出場経験はないが、近畿でも屈指の好投手である。今回は島田投手にこれまでの野球人生や練習での取り組みを伺った。

島田が龍谷大平安を選んだ理由


島田 直哉(龍谷大平安)

 

――野球を始めたきっかけは何ですか?
島田 直哉選手(以下、島田) 3歳上の兄が野球をしていてその影響で自分も始めてみたいと思うようになりました。小学1年生から始めましたが、その前から兄のチームのグラウンドに行って体験させて頂きました。当時はピッチャーとキャッチャーを兼任していました。

――中学時代はどんな選手でしたか?
島田 中学2年生の秋までは衣笠中学校の野球部でしていましたが、2年生の冬から京都シニアに行きました。当時の球速は128㎞でしたが、キャッチャーが僕のボールを捕れなくて移籍しました。ちょうど硬式に転向するいい機会かなとも思いました。

――軟式と硬式の違いは感じましたか?
島田 最初は縫い目のかかり方が違っていましたが、自分は硬球の方が投げやすかったのであまり苦労した面はなかったですし、自分は手も大きい方なので苦しんだところはなかったです。中学最後の時点で球速は137㎞まで伸びました。

――龍谷大平安を選んだ理由は何でしたか?
島田 京都での強豪校と言えば龍谷大平安でしたし、高橋 奎二さん(ヤクルト)が甲子園で投げておられる姿を見てカッコいいなと思い、自分も龍谷大平安のユニフォームを着て甲子園で活躍したいと思いました。中学3年生の春には龍谷大平安を志望しました。

――龍谷大平安の野球部に入部して感じたことは何ですか?
島田 アップが色んな種類があり、体を鍛えるところです。ブリッジで歩くのが最初はできなかったのですが、やっていくにつれてできるようになってきました。そのおかげで肩関節が良く動くようになって腕がスムーズに振れていくようになってきたと感じました。

――原田英彦監督は1年生の時の3年生はおっさんに見えたと仰ってましたが、島田投手から3年生はどのように見えましたか?
島田 3年生の代は入学する前のセンバツに出られていて凄くオーラがありました。同じ高校生に思えなかったです。

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プロフィール

島田 直哉
島田 直哉 (しまだ・なおや)
  • ポジション:投手
  • 身長:185 センチ77キロ
  • タイプ:右投右打
  • 衣笠中学-京都シニア
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