Interview

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)「選手と同じ立ち位置で、みんなの先頭に立って進んでいく」

2017.07.26

「宣誓。……高校野球は新たな1世紀を迎え、この特別な年に、憧れの甲子園で大好きな野球ができることに、大きな喜びだけでなく、不思議な縁を感じています。これからの100年も、高校野球が皆様に愛される存在であり続けるよう、未来への架け橋として、ここ甲子園で一生懸命、最後までプレーすることを誓います」

 昨夏、甲子園で開催された第98回全国高等学校野球選手権大会の開会式で堂々とした選手宣誓を行い、立派に大役を務めあげた当時の市立尼崎(兵庫)の主将・前田 大輝選手。強豪ひしめく兵庫にあって、甲子園へ出場するために彼はどのようにしてチームを引っ張っていったのか?現在は日本体育大でプレーしている前田選手に、主将として活動した1年を振り返ってもらった。

人間としてどうあるべきかを意識

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)「選手と同じ立ち位置で、みんなの先頭に立って進んでいく」 | 高校野球ドットコム

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)

 市立尼崎は校名からも分かる通り、尼崎市立の公立校だが体育科があるため、スポーツを志す生徒が集まる高校でもある。前田選手もその一人で「県内の体育科がある公立校に行きたいと考えていて、実家から近く、チームの雰囲気も良かった市立尼崎に入学しました」

 また、野球部は専用のグラウンドや室内練習場など私立校に引けを取らない設備を有しており、実力については「報徳学園や神戸国際大付と比べたら全国的には知られていませんが、兵庫県内では公立のなかで強い学校だと認識されていて、このところは良いところまで勝ち上がるんですが甲子園には届かない、という感じでした」

 そんな市立尼崎に入部した前田選手。2年秋の新チーム結成時に、まずは副主将になったという。
「1年生の頃から練習試合に出させてもらっていたのでチームを引っ張っていきやすいだろうということで任命されました。でも、主将を務めていた選手が不調に陥ってチーム全体に目を配る余裕がなくなってしまったため、10月下旬頃からキャプテンへ昇格することになったんです」。

 だが「キャプテンになったばかりの頃はチームがバラバラになりかけていたのに、どうしたらいいのか分からなくて、何かを変えるにしても特別なことが思いつきませんでした」

 そんな前田選手に対し、市立尼崎の竹本 修監督は「野球以外のことでもいいから、自分たちができることを考えて、その決めたものを毎日きちんと実践すること」を提案した。

「以前から監督には『野球は人間がやるスポーツなのだから失敗があるし、何が起こるか分からない。そのなかで最後に良い思いをするには、人間としてどうあるべきかを意識していなければならない』と、言われていました。そこで、大谷 翔平選手(日本ハム)の『ゴミを拾うことは運を拾うこと』という考え方を取り入れて、チーム全体では『ゴミを拾うこと』を決め事にし、さらに各個人でそれぞれもう一つ決め事を作って行動するようにしました」

 こうした活動に選手全体で取り組むようになってから、チームはどんどんまとまっていった。
「自分たちの代は部員が15人しかいなかったのですが、人数が少ない分、仲が良くて、その同級生たちがとても協力してくれたんです。もちろん、自分もリーダーとして率先してやらなければと思っていたので、学校でも通学路でもゴミを拾うようにしていました。そうやって習慣づいてくるとゴミがすぐに目に付くようになりますし、監督が見ていないところでも無視して通り過ぎることができなくなるんですよね」

 また、キャプテンといえばチームを代表して監督に叱られる役割になってしまうこともある。
「最初は、なぜ自分が怒られるのか納得いかない時もありました。でも、ゴミ拾いをやるようになってからは『監督を信じて、どんなことでもやる』と腹をくくっていたので、理由を理解していなくても、まずは監督に言われたように行動してみました。そうやって、いざ動いてみると、逆に怒られていた理由が分かったりするんです」。

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甲子園に行けるという確信はなかった

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)「選手と同じ立ち位置で、みんなの先頭に立って進んでいく」 | 高校野球ドットコム

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)

 そんな経験を重ねていくうちに、自分たちがするべきことは何かを選手は学んだ。
「監督に言われる前に、自分たちで考えて行動するようになりました。練習は監督がグラウンドに来てから始めることになっていて、監督が学校の業務で遅れた時は何もせずにベンチで待っていたのですが、自然とその時間は掃除にあてるようになっていったんです。だから、グラウンド周りはかなりきれいに保たれていました」。

 ちなみに、前田選手の担当はトイレ掃除。
「昔からの伝統で、トイレ掃除は裸足でやるんです。冬場は寒いので靴を履きたかったんですけれど、一度でもルールを破ってしまうと、これまでの努力が無駄になってしまう気がしたので、ずっと裸足でやり続けました」

 こうして春を迎えた市立尼崎だったが、春季大会はベスト32で敗退。この時期はまだ「大差で負けてしまう試合もあり、チームに波があった」と、前田選手。しかも、5月1日の練習試合では死球を受けて、右手首を骨折。夏の兵庫大会に間に合わないかもしれないという重傷を負った。

 しかし「たとえ治らないとしても最後までやりきりたい」と、決して後ろ向きにはならなかった。
「その時の自分にできることはケガを治すこととキャプテンとしてチームをまとめることしかなかったので、放課後は患部の電気治療を受けたら、すぐにグラウンドへ戻って声を出していました。そうやってキャプテンが声を出していると周りの選手も声を出しますしチームの雰囲気が良くなって、練習試合で強豪校と対戦しても競り合えるようになっていったんです」

 そして、前田選手もなんとか戦列に復帰し、いよいよ夏の兵庫大会が開幕。優勝候補筆頭は秋、春の兵庫チャンピオンでセンバツ甲子園でもベスト8まで勝ち上がった明石商。それに報徳学園、神戸国際大付が続くという前評判だった。

 この時、前田選手は「正直、甲子園に行けるという確信はなかった」という。ただ、「チームには『甲子園に行くことが一番の目標。でも、負けたとしても、その時に良かったと思えるような夏にしよう』と言っていました。できないことをやろうとしても無理なので、自分たちのできることを完璧にやって、それで負けたのなら悔いはないはず。だから、『初戦から一戦一戦を全力で戦おう』というのが共通認識になりました」

 すべてを出し切る覚悟で臨んだ市立尼崎は、4回戦でセンバツに21世紀枠で出場した長田を7対3で破ると、5回戦は延長15回引き分け再試合の死闘の末に西宮今津を2対1で退け8強に進出。準々決勝では報徳学園と対戦することとなった。

「最初の山場だと考えていた長田に勝って勢いに乗れましたし、西宮今津との延長戦は1点でも取られたらサヨナラ負けという緊張感のなかで耐えることができて自信になりました。準々決勝は再抽選で組み合わせが決められたのですが、自分は再試合を戦っていたので抽選会に出ることができず、代わりに出席した2年生の部員が強豪の報徳学園戦を引き当ててしまったんです。

 その部員は対戦相手の試合を偵察に行ってチームのために良くやってくれていたのに、もし敗れてしまったら責任を感じさせてしまうことになる。だから、選手全員が『ここで負けるわけにはいかない』と強く思ったんです」。

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キャプテンが率先して行動することが大切

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)「選手と同じ立ち位置で、みんなの先頭に立って進んでいく」 | 高校野球ドットコム

前田 大輝(市立尼崎ー日本体育大学)

 チームの結束が最高潮に高まった市立尼崎は、その報徳学園戦に1対0で勝利。すると、前田選手は「報徳学園に勝った後、『もう、どこが相手だろうが負けない』と、確信していました。根拠なんてありませんが、全員が同じ気持ちだったと思います」

 チーム全体がゾーンに入った市立尼崎は準決勝でを5対3。決勝では大本命の明石商を3対2で破り、33年ぶり2度目の甲子園出場を決めた。
「自分たちはエースの平林 弘人(佛教大)以外、そこまで実力があった訳ではありません。単純に戦力だけで言ったら、明石商の方が上でした。でも、1年間かけて様々なものを少しずつ積み重ねたことが優勝につながったのだと思います」

 甲子園では1回戦で八戸学院光星(青森)と対戦(試合記事)。9回、前田選手のこの試合2本目のヒットをきっかけに2点差を追い付く粘りを見せたものの、延長10回に勝ち越し点を奪われ5対4で惜敗。

 しかし「甲子園という場所で仲間とプレーすることができ、これまで野球をやってきたなかで一番、楽しかった」と、前田選手。
「自分はキャプテンをやったことで、自分のことだけじゃなくチーム全体のことが考えられるようになりました。そのおかげで人間的にとても成長できたと思います」と、高校時代を振り返っている。

 そして最後に、新チーム結成とともにキャプテンになった選手に対してのアドバイスをいただいた。
「先程も言いましたが、キャプテンはまず自分が最初に行動をとることが大切です。動くことで、こうした方が良いのではないかというアイデアも出てきますから。自分はそれに気付くのが遅かった。もっと早く気が付いていれば、センバツにも出られたんじゃないかと思っています。

 そして、何をするにしても輪の中心にいてコミュニケーションを取ること。自分一人でやっているだけでは周りは付いてこないので、必要な時はミーティングを開いて、やるべきことをチームで共有しなければいけないと思います。もちろん、後輩とコミュニケーションを取ることも大事で、僕らの代は人数が少なかったこともあって甲子園に出場したレギュラーのうち6人が2年生だったんですが、野球に関しては先輩、後輩の壁を崩して、下級生でものびのびとプレーできる雰囲気作りに努めました。そのおかげでミーティングでは、2年生も意見が言えるようになっていましたね」。

 そして、言葉の使い方にも気を配った。
「キャプテンが他の選手に対してキツい言い方をしても良くないと思います。もちろん締めるところは締めなければいけませんが、上の立場から指示をするのは監督や部長先生の役割であって、キャプテンは選手と同じ立ち位置で、みんなの先頭に立って進んでいくものだと思います」

 キャプテンは他の選手より上の身分ではなく、あくまでも同じ立場からリーダーシップを発揮するもの。この前田選手の考え方が、チームを一つにまとめあげることができた理由なのだろう。

(インタビュー/文・大平 明

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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