目次

[1]高校2年の時、やりたくなかった投手に転向
[2]大学の恩師に低い身長を活かす術を教わる
[3]厳しい環境をポジティブにとらえた社会人時代

 昨年、絶対的なリリーバーとして28ホールドを稼ぎ、北海道日本ハムの日本一に貢献。日本シリーズの胴上げ投手となった谷元 圭介投手。その身長は167㎝と、右投手では現在のNPBで最も低い。「小さな大投手」とうたわれ、黎明期の広島カープを支えた伝説の197勝右腕・長谷川 良平氏とちょうど同じだ。

 体格に恵まれず、高校では無名だった谷元投手が、いかにしてNPB屈指のリリーフ投手になったのか。その過程について、じっくり話をうかがいました。

高校2年の時、やりたくなかった投手に転向

谷元 圭介投手(北海道日本ハムファイターズ)

 谷元 圭介投手は小学3年で野球を始めて以来、ずっと内野手だった。三重の県立高・稲生(いのう)高でも1年まではショートかセカンドを守っていた。しかし2年生になると当時の監督から投手へのコンバートを告げられる。実は谷元投手は中学時代、地肩の強さを買われ、時折マウンドに上がっていた。その試合を偶然目にした高校の監督は、投手の資質がある、と見ていたのだ。

「でも僕は嫌だったんですよ。投手はやりたくなかった。頑なに拒否したんですけど」
谷元投手はそう振り返るが、ピッチャーに転向すると、投げ込みに走り込みにと、しゃにむに練習に励んだ。
「同期の捕手にいい選手がいましてね。バッテリーでチームを引っ張って、甲子園に出られたらいいな、と思っていました」

 磨きをかけたのはストレートだった。
「今と同じですね。さほど球速はないのに、真っ直ぐで押すタイプの投手でした。真っ直ぐへのこだわりが強いのはその頃からですね」

 谷元投手が在学した稲生高は、2014年夏は県ベスト4に進出しているものの、これまでの実績からすると、決して強豪ではない。谷元投手をエースとした代も、3年春の8強が最高で、甲子園は遠かった。それでも高校時代が谷元投手にとって分岐点になったのは間違いない。もし投手に転向していなかったら、今の谷元投手はなかったかもしれない。そして高校時代は、かけがいのない財産にもなっている。

「最高成績はベスト8止まりでしたが、3年間、仲間と一緒に1つの目標に向かって、切磋琢磨しながら苦しい練習にも耐えた。そんな日々が最高の思い出になっています」

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