目次

[1]「壁当て」が育んだ自慢の守備力 / 強みを生かし呼び込んだ初の一軍昇格
[2]未経験の外野守備を強みに変えるために
[3]失敗を恐れぬ試合中のトライが強みを呼び込む

「高校時代から自分の一番の強みは守備だと思っていました」
甲子園球場内の一室で行われたインタビュー。今回の特集テーマが「勝ち取れレギュラー!自分の強みを磨く」であることを知った阪神タイガース・大和選手は落ち着いた低い声でそう言った。

 鹿児島・樟南高校時代は1年生からショートのレギュラーの座を獲得。その足掛かりとなったのは、得意の守備力を評価されたことだった。
「試合終盤に守備固めで出場するところからスタートして。少しずつスタメンで出る割合が増えていった感じです。打撃はそんなにたいしたことなかったので、守備力が平凡だったら1年生から試合に出ることはなかったでしょうね」

「壁当て」が育んだ自慢の守備力

大和選手(阪神タイガース)

 非凡なる守備力を身につけた背景を訊ねたところ、大和選手の口からは「壁当て」というワードが返ってきた。
「小学校の頃から壁当てを毎日のようにやってました。練習というより遊びの延長の感覚。漠然と壁に投げるのではなく、的を定め、そこをめがけて投げる。そして、壁に当たって跳ね返ったゴロを捕り、投げ返す。ひたすらこの繰り返しです。『どうすれば正確に捕球することができるか』『どうすれば捕球から送球までの動作をもっと素早く行えるか』といったことを考えながら、来る日も来る日も一人で壁当てに没頭してました。その積み重ねの中で、スローイングと捕球力がセットで向上していった感じです」

 中学時代に所属していた鹿屋べイスターズ(ボーイズ)の休みは週に1日しかなかったそうだが、チームの活動とは別に壁当てはほぼ毎日行っていたという。
「高校のグラウンドのベンチ裏にも壁当てができる場所があったので、高校時代も壁当てはしょっちゅうやってました。自分の守備力を築き上げたのは間違いなく日々の壁当て。壁当てをしてなかったら、きっとプロにも入れていないと思う」

 2005年度高校生ドラフトで阪神の4巡目指名を受け、高卒でプロの世界に足を踏み入れた大和選手は、自慢の守備力を買われ、1年目からファームのショートのレギュラーの座を獲得。ルーキーイヤーの2006年に大和選手の遊撃守備を初めて目撃した。その流れるような美しい所作に強い衝撃を受けたものだった。阪神のファームの本拠地である鳴尾浜球場の近くに住んでいることもあり、暇さえあれば大和選手の守備を目当てに球場へ足を運んだ。時間がない時は試合前のシートノックだけを見て帰ることもあったが、それだけで十分、目の保養になった。確実性と美しさを兼ね備えた守備力は18歳にして、間違いなく一軍トップクラスだった。

強みを生かし呼び込んだ初の一軍昇格

「僕がプロに入団したとき、一軍のショートのレギュラーは当時プロ3年目の鳥谷さんインタビューが既に絶対的存在として君臨していましたからねぇ」

 ルーキーイヤーから3年連続でウエスタン・リーグの犠打王に輝いた大和選手。ファームの不動の遊撃手の座は手に入れたものの、一軍の絶対的ショートとして全試合に出場し続ける鳥谷 敬選手を押しのけてレギュラーに収まるイメージは一向に湧かなかった。
「正直、ショートとして一軍のレギュラーを狙うのは現実的には難しいなと感じていました。ファームの首脳陣もそれは感じていたようで、セカンドもできるようにと、ウエスタンのゲームにセカンドで出場する機会も設けてくれましたね」

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