目次

[1]「プロ野球選手の物真似」が取り組む姿勢の源流に
[2]凄いストレート、宝刀スライダーを身に付けた大学時代 / パフォーマンスを支える相思相愛の用具
[3]成長した自分を想像し、1日1日を楽しく

 2015年で3年目のシーズンを終えた東北楽天ゴールデンイーグルス・則本 昂大投手。
新人から3年連続の開幕投手。3年連続二けた勝利。2013年度パ・リーグ新人王、2014年から2年連続のパ・リーグ最多奪三振。2014年からは侍ジャパントップチームの主戦。これまで積み上げた実績は、まさに東北、そして日本の大エースに相応しいものといっても過言ではない。では則本投手はいかにしてここまでの野球人生を歩んできたのか。その道程を紐解いていきたい。

「プロ野球選手の物真似」が取り組む姿勢の源流に

則本 昂大投手が高校時代に汗を流したグラウンド(県立八幡商業高等学校)

 滋賀県立八幡商業高等学校時代、則本 昂大を指導した池川 隼人監督は話す。関連コラム:恩師が語るヒーローの高校時代 則本昂大投手
「彼はうまくなるために研究を欠かさず、自分なりに練習の計画を組み立てられる選手で、何も言うことがなかった」。その姿勢の原点は本人曰く、多賀町立多賀小学校の時からだったという。
「僕はプロ野球選手の真似や、観察をするのが好きで、よく参考にしていました」

 パフォーマンスアップの姿勢は多賀中学時代。当時、中学3年時から通っていた地元の野球塾の代表・小寺 学氏がこんなことを教えてくれた。
「練習の合間に松坂 大輔(福岡ソフトバンクホークス)さんや、藤川 球児さん(阪神タイガース)をイメージしながら投げていました」

 八幡商入学後も、則本は変化球を特集した雑誌が出版されれば、すぐに購入。握りを試しながら磨きをかけていった。

 そして1年夏からベンチ入りし、2年春からエースとして登板。3年夏は滋賀大会ベスト4敗退に終わり甲子園のマウンドを踏むことはなかったが、それでも、研究熱心な姿勢は、のちのち花開くこととなる。

凄いストレート、宝刀スライダーを身に付けた大学時代

 さらなる球速アップへ。どうすれば凄い速球を投げられるのか。三重中京大の4年間はその答えを見つけ続けた4年間だった。
最も腕が振れて自分に合ったフォームとは?そこを追求し続けた結果、今のようなダイナミックな動きをするフォームに行き着く。そこに付随して高校時代にはなかなか取り組めなかった体力強化を積極的に採り入れる。

「高校時代は与えられたメニューを漠然とやっていたと思います。また通学時間も長かったですし、体を大きくするということについては、なかなかできませんでした。でも、大学に来て時間が持てるようになりましたし、トレーニングにもじっくりと取り組めました。また食事量も増えて体が大きくなっていきました」

 高校時代、冬しかやっていなかったウエイトトレーニングは、公式戦がない夏の時期にも取り組むようになった。加えて則本は、様々な方向から体力を上げる行動にもこだわる。
「自分自身、ウエイト以外で体を作りたかった思いはあったので、基本的に走り込んだり、食べたりをして、体を大きくしていました。そして公式戦がない時は、1週間に1回、2回はウエイトトレーニングをやっていました」

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